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2012年4月22日 (日)

25陣活動報告

遅くなって申し訳ありません。

310日の25陣活動報告です。


メンバー

なっちゃん(リーダー)、なおり、めぐ、まりこ、ゆか(hc)、みっさ、ふくちゃん、ゆーき、ゆーぼー、きすさん、さーや、ゆか


「こども花育キャラバンがやってくる!2012年春、祈りの気持ちを花に託して」

 日時:310日(土) 午前中

 内容:自分だけの花器(花びん)を作って、花を生けてみよう!

 

 私達CFFは、310日(土)に宮城県東松島市図書館にて、花育キャラバンの主催者である子ども花育キャラバン隊の方々と一緒に花育の活動を行いました。


CFF
は以前にも、10月に開催された図書館祭りの一角で行われた「花育キャラバン」で主催者の子ども花育キャラバン隊の方々と一緒に花育を行ったことがあり、今回が2回目の花育キャラバンでした。

 当日は10時、11時、11時半の3部に分かれ、各10組ずつ計約30組というたくさんの方々が参加してくださいました。

年齢層も小さなお子さんから保護者の方まで様々で、ひとりで参加している子どももいれば、保護者の方と一緒に参加している子もいました。

 東松島市図書館の協力の下、花育の活動は図書館内の部屋や一角を借りて、花器(花びん)を製作するブース、花を生けるブース、スタンプラリーのブースの3つのブースに分かれて移動しながら行いました。


 まず最初のブースである花器を製作するブースでは、花育キャラバンの高倉さんがやり方を説明してくださりながら、花器作りが進んでいきました。

子ども達は、牛乳パックの土台(花びんになる部分)に好きな色の画用紙を貼り、ペンで絵を書いたり、花やいるかなどの型抜きで作った型を貼り、そこに花びんとなるペットボトルを差し込めるようにカッターで切り込みを入れ、長さの違う2種類のペットボトルを差し込み、花器をつくりました。

私達は花育キャラバン隊のスタッフの方々と一緒に各テーブルに付き、製作の援助をしたり、時には見守ったりしながら関わりました。

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 次に、子どもたちは、花を生けるブースに移動し、ブースの前方に並べてある11種類の草花の中から、花は7本、葉物は3本自分の好きなものを選び(種類は被ってもよい)作った花びんに生けていきました。

ここでは、主に花育キャラバン隊の方々が生け方を子ども達に教えながら進めていました。私達も子どものサポートとして援助に入りました。


生け終ったら子どたちは「花育ノート」に生けた花の名前や感想、絵などを書きました。

そしてメッセージカードには、花を贈りたい人へのメッセージを書き、花器にさして完成です。


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 最後のスタンプラリーのブースでは、主にCFFのメンバーが中心となり、スタンプラリー形式で楽しみながら花のことを知ってもらおうということで、使用した花のことや産地などを書いてある紙を探し、スタンプを集めてもらいました。

子ども達は、どの活動も熱中して参加してくれ、完成した生け花を嬉しそうに持って帰っていました。

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<感想>

CFFメンバーの感想です。

初めて花育の活動をしたのですが、子どもたちが心のままに、

楽しそうに牛乳パックの花瓶を作ったり、

花を選んでいけているのがすごく印象的でした。

スタンプラリーもとても楽しそうにしていて、

私の方が元気や笑顔をたくさんもらいました。

また、私も、参加された親子さんも暖かい時間を過ごせたように思います。

これからもこんな暖かい時間を少しずつでいいから

積み重ねていけたらいいなと思いました。

    ゆか(hc)

子どもたちが一生懸命、花器を作ったり、花を生けたる姿をみて、

楽しみにしてきてくれたんだと感じました。

今回、CFFとしてやれることとして、スタンプラリーと

前回に引き続きメッセージカードをやりました。

花のことを知ってもらおうというのがスタンプラリーの目的でした。

中にはスタンプラリーの花の説明を一生懸命書いてくれる子や

声にだして読んでいる子もいました。

喜んでもらえてうれしかったです。

出来上がった作品を丁寧に持って帰っていく姿に

なんだか温かい気持ちになりました。

図書館の副官長さんが「子どもたちのまあるい笑顔がみれてよかった」と

おっしゃっていました。

本当にそうだと思いました。

今回、花育キャラバン隊の皆さんと一緒に活動できたことに感謝しています。

花をいけることで心まで明るくなる、そんな活動だったと思います。

なっちゃん(25陣リーダー)

 
 今回のイベントは、自分自身がなかなか準備に関われず、どこまで主催者(花育キャラバン隊)の方の意図を理解できているのか、また、それに沿った活動ができるのか、不安もある中での当日となってしまいました。
しかし、前回の企画の経験者(なおり、福田さん)がいたことにより、キャラバン隊の方との連携もスムーズにとれ、参加者さんの戸惑いもそれほど見られなかったように思います。

参加される方は未就学児や、小学生が多く、子どもたちとの関わりが得意なCFFにとっては、持っている力を発揮できる良い機会でした

その中で、保護者と一緒に参加したり、子どもだけで参加したりと、参加の仕方は様々。
親子で楽しみ、そこから生まれる笑顔を見る度に、家族で楽しめる時間を作ることが一番大切なのでは…  私たちとの関わりより、地域内の方同士を繋げる関わり方のほうが大切なのでは
と、私たち外部から来たボランティアが、直接関わる意味を改めて考えさせられました。

でも、中には「子どもを少しの間でも見てもらえて、とても助かった」という、保護者の方の声も直接聞きました。

一つのイベントに来る方の中にも、様々な思いがあります。
私たち外部から関わるボランティアは、同じイベントに来る参加者と、大きなくくりで見るのではなく、一人ひとりの思いを汲み取りながら、適度な関わりを見極める必要があります。

泥かきなど、肉体的な、人手を必要とする支援から、被災された方の心に寄り添うという、もっと内面的な、デリケートな支援が必要となっています。
支援のあり方が大きく変わったことを、半年ぶりに東松島に行った、今回のイベントで強く感じました。


それぞれが感じたことを、必ず今後の活動に活かし、より被災された方の思いに沿ったものとしていきたいと思います。 

                    ゆーき(PWC59)



子供花育キャラバン隊と一緒に活動するのは、昨年10月に続き2回目です。

今回は事前予約制のため当日の混乱もなく、余裕をもって子どもたちと接する事ができました。


少し遠目から様子を見る機会があったのですが、子どもたちは集中して説明を聞き、
その後創作に打ち込んでいました。


作品はどれも個性的で、色合いも華やかだったのが印象的です。

意外だったのはスタンプラリーです。

子どもたちはとても楽しそうにキーワードを探していました。

いつの時代も子どもは純粋だと、つくづく感じました。

短い間ですが、笑顔があふれるとっても素敵な時間をみんなで共有できたと思います。


残念だったのは、花に対して十分な知識がなかったことです。

またキャラバン隊と一緒に活動する機会があれば、少し“花”について学びたいです。

ふく

私は、初めて花育の活動に参加させていただきました。

私は事前準備に参加できず、当日も不安でいっぱいでした。

どのようにかかわっていったらいいか、悩むこともありましたが、子ども達が活き活きと花を生けていたり、スタンプラリーを楽しんでいる姿を見て、花育の活動に参加できたことを嬉しく思いました。

 子どもだけでなく、保護者の方も生けた花を見て笑顔になっていたりと、たくさんの笑顔に出会うことができ、被災された方々が少しでも安心できたり、ほっとできたり、笑顔になれるような活動をこれからもしていきたいと思いました。

この活動に参加することができたことに感謝しています。

ゆか(59)


最後になりましたが、ブログにて報告が遅くなってしまい申し訳ありませんでした。

以上、25陣活動報告でした。

 

2012年4月 7日 (土)

【報告】2月5日■NPO法人CFFジャパン 東松島市復興支援活動 報告会

こんにちは。

遅くなりましたが、25日にJICA地球広場でおこなわれた報告会の報告をさせていただきます。

今回はCFFに限らず、外部の方も参加できる報告会にしました。またワークショップとして、ロールプレイという初めての試みをしました。

 

《報告会の流れ》

1. はじめの挨拶、自己紹介

2. CFFとは

3. 元駐在員の報告

4. 2324陣の報告

―休憩―

5. ロールプレイ

6. まとめ、最後の挨拶

 

《アンケート》

今回はアンケートをとらせていただいたので、その感想の一部を紹介させていただきます。

 

・実際の状況や現地に行かれた方の話を聞くことができたこと、課題も聞けたことがよかった。

・みんなでよい報告会をつくろうという気持ちが伝わってきた。

・ロールプレイをやって・・・

当事者の気持ち・目線になれた、全ての問題に手をつけるのは難しいけど考えたり課題をみつけるのが大切だと思った、ロールプレイに戸惑ったがよい企画だと思った。

・集まった方の考えを聞ける会であるといい。

 

アンケートにご協力いただき、本当にありがとうございました。

 

 

《報告会をおこなって》

 

・わたしにとって東松島の報告会は初めてだったのですが、

強く思ったことは、自分の声で、顔を見て伝えることの大切さです。

 

今回わたしは話さなかったので、みんなの報告を聞いていました。

今までブログで読んだり、みんなの想いは知っていましたが

話しているみんなの姿を見て、言葉で伝えるのは文字とはまた違う力があることに気づきました。

 

 

また、今回の参加者の中にはCFFプログラム参加者ではない方も多くいらっしゃっていただき、

また、その中には実際に現地には行けないけれど、みんなの活動を応援してるとおっしゃってくれた方もいました。

 

たくさんの方の顔を見たり想いを聞いたりする中で、

普段は目に見えない応援のもとにわたしたちが活動出来ていることを改めて感じました。

 

また、23陣でお話を伺った大曲地区の自治会長さんは「伝えてほしい」という想いから

自分の辛い経験をわたしたちに話してくださいました。

 

たくさんの支えや想いの中で、たくさんの気づきを得たり

活動を続けられているわたしたちには、伝える意味も伝える責任もあると思います。

 

もちろん、ブログ等で伝えることも大切ですが、

顔を見て自分の言葉で伝えることも大切にしていきたいと思います。

                                (みの)

 

23陣報告
12
月の23陣の活動のなかでも、私は、矢本クリスマス会のことを報告しました。
 
報告文を作るにあたり、改めて、クリスマス会を楽しむ人々の表情を思い出しました。一年前までとは全く違う状況のなか、どんな思いで、クリスマスを迎えたのでしょうか。
 
私たちには計り知れない悲しみがあるのは事実ですが、あの場で見られた笑顔は本物だと思います。
 
人と一緒に過ごす時間。人のあたたかさ。それが、仮説住宅の住民の方々が求めているものであり、私たちにとっても必要なものだと思います。
 
今回の報告をさせていただくことによって、私たちが東松島に行く意味、目的を、再確認することができました。


・ロールプレイ
 
報告会初の試みとして、東松島を舞台としたロールプレイを行い、私はファシリテーションをさせていただきました。
 
皆が、それぞれの役になりきって、熱い議論がくりひろげられました。
 
在宅の方と仮設住宅の方との間に、また、仮設住宅によっても、環境の違いがあります。NGOと行政とで、できることも全く違います。
 
そのなかで、対立が生まれてしまうという問題があるそうです。
 
その問題を自分のこととして考え、悩み、モヤモヤする気持ちを共有しました。
 
私たちがいくら考えてもわからないことや難しいことだらけですが、ともに問題に向き合う姿勢を、大切にしていきたいです。

ワークショップとしては、まだ試験的な段階で、反省点もあります。
 
今後も皆で一緒に、こうしたワークショップの方法、行う意味を、考えていきましょう。

ロールプレイの最後には、「こうであってほしい」と思う5年後の東松島を考えました。
 
あんなに大きな被害を受けたのだから、すべてが510年で直せるものではありません。
 
でも、信じたい。私たちが信じて、小さな活動でも続けていくことが、東松島の方々の未来を信じる力につながればいいと思います。
 
                            (あみ)

 

・報告会に参加するのは3回目くらいでしたが、報告会の形態もかなり変わってきたな という印象を強く受けました。特に今回は外部からの参加者が多く、CFFとしての支援活動だけでなく、いろいろな視点から震災のことを捉えられたからかもしれません。少し難易度の高いワークショップで、反省点や改善点もありましたが、これまでそれぞれの形で震災に向き合ってきた方々と、考えや想いを共有出来たことは、結果としてとても良かったと思います。何らかの活動に取り組んできた人もそうでない人も、根本には同じ様な想いがあるのだと感じました。
 
私自身最近は活動にコアに関われておらず、気持ちが離れていると感じることが多くあります。忘れたくないと思っていても、直接関わる機会が少ないと、どうしても震災を過去のことの様に感じている自分に気付き、悲しく申し訳ない気持ちになります。なので、こうした機会に震災について振り返り、そんな想いや自分の向き合い方を考える機会はとても貴重でした。もうすぐ震災から1年経ちますが、直接に活動が出来ないときも、心の中に忘れずに留めていたいと改めて思いました。

                                    (がわ)

 

・今回、初めて報告会に参加しましたが、たくさんの人に来ていただけて本当にうれしかったです。私は23陣で活動したことを身近な人に話すことはありますが、数は限られていました。なので、報告会という場で、たくさんの人に伝えることができてよかったです。

ワークショップはロールプレイという初めての試みでした。難しいところもありましたが、みんなで地元の人の気持ち、状況を考えることができたのではないかと思います。

来てくださった皆さんが震災のこと、地元の人たちのことを忘れずに何か行動しようとしているのを強く感じ、私もできることをしたいと改めて思いました。報告だけでなく、この先のことも考える良い機会だったと思います。

                            (なっちゃん)

 

《報告会の様子》1


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2012年3月14日 (水)

ワン・ワールド・フェスティバル報告

おじゃまします。

CFF関西の杉原如恵(38、m2)と申します。

2/4,5に大阪国際交流センターで行われたワン・ワールド・フェスティバルに出展し、高砂味噌本舗さんの味噌チョコを販売させていただきました。

もともとは、かわいらしい箱に味噌風味チョコと醤油風味チョコが10個ずつ入った商品(500円)なのですが、買いやすくするため、また、少しでも利益を出して被災地支援活動に役立てていただきたいため、5個ずつ入れた袋(300円)を用意し、発注した30箱を完売することができました。

箱が14、袋が32売れたので、16600円の売り上げです。

味噌チョコを机の一番前に積んでおき、通り過ぎていく人やクイズラリーでブースに来た人に「味噌チョコいかがですか?」と声を掛けると、たいていの人が「えぇっ!? 何それ?」と立ち止まってくれました。

中には、「これ、売り上げは被災地に行くの? ほな、買うわ」とよく商品を見ないうちに買ってくれた人もいました。

「味噌チョコいかがですか?」の呼びかけが気になって、となりのブースの方も買っていってくれました。

子供づれの方が、「これ買おか?」と買っていってくれました。

おいしそうだったので、私たちも買いました(笑)

今年は、他の団体のブースでも、被災地の商品を扱っていたようです。

味噌チョコを買ってくだささることで、いつか、「あの味噌チョコおいしかったなぁ。どこの商品やったっけなぁ。そうや、宮城の高砂味噌本舗っていったっけな。よっしゃ、宮城に旅行にでもいこか!」なんて思っていただけると最高ですね。

そのような機会を作れたことを嬉しく思います。

また、ワン・ワールド・フェスティバルの出展目的は、CFFの活動を関西に広めることなので、味噌チョコという看板商品があったおかげでたくさんの方にブースに立ち寄っていただくことができました。

ありがとうございました。

その他、ワン・ワールド・フェスティバルの写真などはCFF関西のブログに掲載していますので、よろしければご覧下さい。

それでは失礼します。

*CFF関西ブログ

http://cffkansaiblog.blog116.fc2.com/

2012年1月24日 (火)

【ご案内】2月5日■NPO法人CFFジャパン 東松島市復興支援活動 報告会

みなさま

CFFの長友(前・東松島市駐在職員)です。
昨年は、本当にたくさんの方々に大変お世話になりました。

私は昨年度末に東京に戻りまして、1月~2月末まで、
週3回ほど事務局で東松島市復興支援活動の後方支援(現任への引継ぎ等)に関わらせて頂くことになりました。
今年もどうぞよろしくお願いいたします。

さて、久しぶりに東京に戻りまして、
5か月ぶりに報告会を開催します。
この5か月で被災地ではさまざまな変化、新たな課題がでてきました。
CFFの活動も、日々進化しています。

たくさん写真も持っていく予定です。
どうぞふるってご参加ください!

■NPO法人CFFジャパン 東松島市復興支援活動 報告会
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○日時 2月5日(日)13:30~16:45

○場所 JICA地球ひろば 403号室 (地図
  
○内容
1)東松島市駐在職員 長友よりご報告(現地の状況、人々の声、CFFボランティア活動など)
2)ボランティア参加者からの発表
3)座談会

*休憩時、東松島市で現在営業を再開されている『高砂味噌店』の商品を、販売予定です。

*報告会終了後、懇談会を予定しています。
お時間ある方は、ぜひ一緒に食事にいってたのしくお話ししましょう☆

○対象  以下の方、ご来場お待ちしています。
・東松島のこと、東松島の方々のこと、もっと知りたい!
・現地の人の声が知りたい!
・ボランティア、参加してみたいけどよくわからない...
・2012年、東日本大震災についてもう一度向き合いたい。

○参加費 500円(CFF会員:300円)

*寄付をしていただける方は、もちろんそちらも大歓迎です☆

○お申し込み・お問い合わせ
「東松島報告会申し込み/問い合わせ」と件名に入れた上で、
yuki_nagatomo@cffjapan.org にメールでお申し込みください。
お名前、当日の緊急連絡先(携帯電話または携帯電話メールアドレス)、懇談会参加有無を本文にご記入お願いします。

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東北では凍えるような季節の中、人々は引き続き復興に向かっています。
2012年もいっしょに行動していきましょう。

長友由貴(CFF東松島市復興支援活動 担当)

2012年1月 8日 (日)

東松島担当後任の金須です!

はじめまして!

先日、ゆきから紹介預かりました! きすです!

23陣のみんなとは一足先に顔合わせさせてもらいました!「赤井復興祭」に参加した陣のみんなも覚えてるかな?ひそかに手伝いさせてもらってました。

さて、私は宮城県の出身ですが自宅は山沿いの方だったので津波の被害はありませんでした。

同じ宮城県の、車で一時間たらずの場所でこんな災害が起きていることにはじめは実感がなく、ラジオから流れるニュース、津波情報も現実とは思えなかったです。

電気が通り、テレビが見れるようになってだんだんと実感がわいてきて、それと同時に「何かできないか?」という気持ちも生まれてきました。

そんな気持ちではじめたボランティアの中でCFFに出会い、みなさんと一緒に活動していけることが、とても嬉しく感じています!

これから東松島担当として駐在させてもらいますが、みなさんと連携して、より良い支援を行えたらと思います!

よろしくお願いします!

NPO法人CFF 東松島市復興支援担当 金須 健

2012年1月 1日 (日)

23陣活動報告

 

23陣(12/10)~12/11

 

メンバーは最多数!!19人でした。

あみ(mst5/l6)・まっきー(m0/1)・あす(m15)・ちーちゃん(75)・なっちゃん(pst22)・あきら(m13/l17)・りょうじ(m17)・福田さん・ちえちゃん・さっちゃん・みの(hc5)・みぃ(72/m17)・あーちゃん(m4/m17)・ゆか(79)・がわ(64)・ゆーじ(m17)・ゆき・きすさん・とめ(60/66/hc6/m15

 

 

今回わたしたち23陣は今回、『矢本運動場公園の仮設住宅』と『鹿妻』(いつも足湯でお世話になっている)の2ヵ所でクリスマス会を行いました。

 

クリスマス会の前に大曲地区の自治会長さんから311日当時のお話を聞かせていただきました。

涙ながらに話して下さった会長さんの言葉、思いを私たちは周囲の人たちに伝えなければいけません。

 

 

■会長さんのお話をきいて、みんなが感じたこと・思ったこと

 

 

・私は3月に宮城で被災し、5月下旬~現在まで東松島市ボランティアセンター(現生活復興支援センター)で運営スタッフとして活動してきました。

 

私は自宅が山沿いのほうで津波の被害はなく、4月中旬くらいには会社も復旧し、ほぼいまでで通りの生活に戻っていました。その中ではじめたボランティア活動の中で、被災地域を目にしたり、被災された方の話を聞くという機会は何度かありましたが、実際に被災された方が説明してくれながら被災地域をめぐるということは初めてでした。

 

会長さんが涙ながらに話してくださって、いままでは「被災地域」というくくりでしか見れていなかった自分に気づき、被災された家一軒一軒に人が住み、それぞれの生活があったことを感じることができました。

 

あらためて、復興の意味を考えなおすことができるきっかけになったと思います。

 

(きすさん)

 

 

・ 津波による大きな被害を受けた大曲を訪れ、自治会長さんのお話をうかがいました。

 

一緒に逃げていた兄の手を離れ、流されてしまった男の子の話。車で逃げようとする人々のために、逃げずに働き続けた、ガソリンスタンドを経営する家族の話。日本で働き続けるのをあきらめ、無念の思いで帰国した、フィリピンの若者の話。今はもう住むことのできない、かつてのご自宅の前で、会長さんは涙ながらにいろいろなお話をしてくださいました。

 

 私たちにとっての「被災地」や「被災者」は、彼にとって、「住み慣れた自分の街」「一緒に暮らしていたご近所さん」以外の何物でもありません。震災からしばらくの間は、新聞を読むこともできないくらい、思い出すことがつらかったそうです。会長さんの涙から、あの日のことを思い出すことがどれほど苦しいことか、伝わってきました。

 

 そんな苦しみに向き合ってまで、私たちに伝えてくださった会長さんの想いを、むだにしてはならないと強く感じました。さいごにおっしゃった、「伝えてほしい」という一言が印象的でした。私たちにできることがあると思います。確かに、震災によって多くの大切なものが失われました。もう二度と戻っては来ません。ですが、今、人も建物も流されて何もなくなったあの地を見ても、本当に「何もなくなった」とは思えません。亡くなった人々が、そこで生きていたということ。彼らと過ごした時間を糧に、今もそこで生きている人がいること。すべてがつながって、そして、一歩一歩復興に向かっている、東松島の姿があります。会長さんをはじめ、これまでのCFFの復興支援活動を通して出会った方々が、伝えてくださったことです。これからは私も、伝えていきたいです

 

(あみ)

 

 

・今、関東で生活してる自分は、本当に幸せなんだって、改めて思いました。

日々、嫌な事があったり、辛くて、泣いたり、怒ったりするけど、そんな自分を支えてくれる、大事な家族、友達、恋人が身近に居ること。自然災害なんて、いつ来るかわからない。会長さんが、『人生の分かれ道って何処なんでしょうね?』ておっしゃっていましたよね…。

だからこそ、今身近に居る大事な人と、精一杯向き合って、今の生活の幸せを噛み締めて、生きていきたいと思いました。

 

そして、これからも、辛い思いをしている人達の力になれるような、余裕をもった人間になりたいなって思いました。

 

(さっちゃん)

 

 

・今回初めて被災地に行って、今更どうなんだろうとか、自分にできることがあるのかとか、色んな思いがあったけど、会長さんの話を聞いて、震災の記憶が薄れることはないし、今更とかそういうことはないんだって思った。

 

いま被災地に行ったことの意味は、会長さんのように自分の辛い経験を伝えてほしいと言う人のためにあったんじゃないかなあ、と思った。震災直後のボランティアとは形は違うけど、被災地の人のためにこの思いを伝えて行きたいと思います。

 

(あす)

 

 

・自治会長さんの涙ぐみながらも真っすぐな目で話す姿がとても印象に残っています。

思い出の詰まった家の壊れた姿を目の前にして話すということは、本当に辛いことだと思うのにお話してくださって、私たちは震災を忘れてはいけないと強く思いました。

まだ復興は終わっていなくて、そのことを忘れてはいけないということを周りの人に伝えられたらと思います。

 

(なっちゃん)

 

 

・信じられないような悲惨な話を直に聞いてなんとも言えない気持ち。目の前で人が死んでいくとゆう現実を小さな子供たちも直面していることに胸を痛めた。今も放射能といった二次災害に苦しむ人々のことを考えると、私たちは何ができるのか?と考えさせられると同時に無力さを実感した。それでも長期的な視点で自分に出来ることを少しずつでも実行していきたいと思った。

 

(りょうじ)

 

 

・会長さんが、御家族や御親戚も含めて、あまりにも身近な人が目の前で亡くなりたくさんの訃報を聞いたと、涙ながらにお話されていたのが非常に印象深く忘れられません。

 

自分達がいくら被災地の方々の気持ちになろうとしても、到底出来ないことだと感じました。

 

しかし、それほどの深い傷を負っていない僕達だからこそ、支援に行ったり交流を重ねていくことが重要なのだと思います。

そうした意味で息の長い支援をしていきたいです。

 

(ゆーじ)

 

 

・今回私たちは、大曲地区の自治会長さんのお話を伺う機会を頂き、

大曲地区の被害の様子を見ながら 3月11日当日のこと、小学校でおこった悲劇、自治会長さんの近所の方のお話、また自らのお話など、たくさんのエピソードを伺いました。 

 

 会長さんは、今までのことを色々と思い出しながら、辛い想いをして、心を痛めて話をしてくれました。涙を流して、東京からきた初対面のわたしたちに 痛みをわけてくれました。

 

 お話を伺ってから見る被害の様子は、単なるがれきの山や崩れた家ではなく、一人一人の人生や痛みとして目に映りました。

 

 最後に自治会長さんが、「この話を、こういう現実があったことを、どうか 伝えてほしい。忘れないでほしい。」とおっしゃっていたように、わたしたちにはこの話を受け止め 次につなげていく責任があります。

 

 伝えたいという想いに感謝すると共に、涙を流しながら分けてくれたつらい痛みや思いをしっかりと受け止め、復興の力に変えていきたいと思います。 

 

(みの)

 

 

・まずは、涙ながらに辛い経験を話して下さった会長さんに感謝したいです。

 

震災から9ヶ月経って、だんだん過去のことになってしまってきている中で、今でも涙なしでは語れないくらいの深い悲しみを背負いながら、毎日を生きている方々がたくさんいるんだなと改めて思いました。

今まで、被災された方の生の話をこんなに身近でじっくり聞く機会がなかったので、会長さんの話は、すごく心に響きました。

 

そして3月11日の震災のことを忘れてはいけないと思いました。たくさんの人が亡くなったあの日、周りの知り合いや親戚、家族を一日にして失ってしまう辛さは計り知れないと思います。

 

今当たり前だと思っている生活は何ひとつ当たり前ではなくて、大切にしていかなければいけないと思いました。

 

私はこれからも、少しでも被災された方の力になりたいと思ったのと同時に、少しでも関わっていきたいと思いました。それはほんの小さな力にしかならないかもしれません。でも、この出会いを何かしらの形で繋げていきたいと思いました。

 

23陣でのさまざまな出会いに感謝したいと思います。

 

(ゆか)

 

 

■矢本運動場公園 仮設住宅のクリスマス会

 

 

★矢本の様子

私たちは東松島市にある矢本運動場仮設住宅、東集会所にて行われるクリスマス会に参加しました。

時間は14時~16時半で、クリスマス会でのお茶出しを担当しました。種類は3種類でマレーシアの紅茶(サバティー)とコーヒー、焙じ茶を約400杯分配布しました。

 

クリスマス会は最初、黙祷から始まり、バンドの演奏や、ビデオレター、子ども向けのショ-などが行われました。

 

クリスマス会には、仮設住宅の住民の方々が子どもからお年寄りまで参加していて、参加者は席に座り、ステージの出し物を見て、ウエイトレス係りのスタッフが食べ物や飲み物を届けるという形でした。ウエイトレスの方々は主婦の方やサンタの格好をした高校生がいました。

このクリスマス会は地元の自治会長さんを中心に地元の方々の力によって行われたもので、仮設住宅に住んでいる沢山の方が楽しみにしていた会であり、大勢の方々が参加していました。

 

クリスマス会には他のボランティア団体も参加していて、風船の配布や焼きそば、タコ焼き、甘酒等の配布も行っていました。

会場は、沢山の風船とたくさんの人で、とても賑やかでした。

 

★活動の感想

・震災から9ヶ月経ち、少しずつ辛い経験を乗り越え、東松島の方々が未来に向かって前を向いて生きていこうとしている姿から思いや力強さを感じました。その思いに私も何か力になりたいと改めて思いました。

お茶だしは、地域の方々との関わりが少ない活動でしたが、それでも美味しいと言ってくれたり、温かいと言って笑顔になってくれたりする姿に心が温かくなりました。

楽しいクリスマス会の思い出の一部としてこの活動が少しでも何か力になることができていたらいいなと思いました。

 

 

(ゆか)

Photo

↑会場は盛り上がってます!!

 

■鹿妻クリスマス会

 

★鹿妻の様子

いつもは夜に足湯をしながらお話をする、ゆったりとした時間を過ごすのですが今回は

クリスマス会ということでプログラムを組み2時から会をスタートさせました。

 

最初は人が集まらず、となりセンター棟に1軒1軒訪ねて回りました。

徐々に住民の方たちが参加してくださりクリスマス会が盛り上がっていきました。

 

私たちが用意したプログラムは、

 

ゲーム

キャンドル作り

ケーキ作り

 

サプライズで東松島のマスコットキャラクターの

イートくん、イーナちゃんの登場

 

それぞれとても盛り上がり良いクリスマス会にできました!!

 

ご近所の方々とも久しぶりにお話ができたと喜んでいただいたので、私たちもとても満足です。こういった会を定期的に開催できたら・・と思います。

 

 

★キャンドル担当での感想

 

 

・私は23陣が2回目のCFFさんの活動への参加でした。

 

前回は、企画等を考えることなく、現地にて与えられた仕事をするものでした。

今回は鹿妻でのCFFさん主催のクリスマス会の中で、

キャンドル担当として、”どのようにやるか?” からの参加でした。

大塚での会議には参加できず、最初は「どうするのかな?」と思いながら、

積極的に参加しなくてはいけないとわかりつつも、

会議に参加した方からの反応を待ち、私自身は受け身の体制になってしまいました。

 

そしてその結果、時間が迫ってから慌てて考える感じになってしまいました。

キャンドルはロウを使わず、サラダ油で作る案に固まってきてからは、

各自試作品を作ったり、お互いに意見を出し合えて、

当日は企画の順番が変わった中でも、何とか協力しながら形にすることができました!

 

 

鹿妻の皆さんが最初は戸惑いながらも、

お子さんだけでなく大人の方々も、色んな色のキャンドルを沢山作ってくださって嬉しかったです!

「次は何色にしようかな~?」とか、「これとこれにする!!」など、

夢中でキャンドルを作る子供たちの姿を見れて、また笑顔を頂けて、安心し癒されました。

私の想像より集まった人数は少なかったのですが、その分おひとりおひとりとお話しでき、

また、お一人あたり何種類か作って頂けてよかったです。キャンドルが固まったときの、

「わ~~!きれい!!」という歓声は、私自身ウキウキしました!

持って帰られたキャンドルが、皆さんの生活のなかで、

少しでも何かの明かりなっていたら嬉しいです。

 

今回は自分たちで考え、企画を形にできたのには充実感を感じました。

それと同時に、反省点も沢山出てきて、勉強になりました。

今回は紙コップにて、丸いキャンドルしかできなかったですが、

前日の夜まで、色んな形にしてみよう等、他に良い案が出ていましたが、

詳細を詰まられず断念した案もありました。

 

次は、被災地の皆さんがより多くの笑顔になって頂けるように、

時間を有効に使って積極的にボランティアに参加したいと思っています。

 

(ちえちゃん)

 

 

・キャンドル作り自体は、参加者の皆さんが喜んで楽しそうに作ってくれていたので、大成功だったと感じています。

でも、自分個人としては、任されたリーダーの仕事を全うできず、他のメンバーに頼ってしまうことが多かったので改めていきたいです。

 

(ゆーじ)

 

 

・事前に各自試作品を作ってみたので、作り方のコツや、注意点がよくわかって良かったと思います。一つ言うならば、必需品を書き出しておいたら、良かったのかな…と思いました。(テンプルの量がギリギリでしたので)

 

担当以外の皆さんも、協力してくださったからこそ、スムーズに出来たと思います。

皆さん、あたたかい人で、安心して参加出来ました。

 

(さっちゃん)

Kyanndoru

↑出来上がったキャンドル♪

 

★ゲーム担当での感想

 

 

・最初は、うまくいくかとか盛り上がるかなとか心配もありました。

でも始めてみると、みんな楽しんでくれて、とても嬉しかったです。

ちょっとしたことだけど、みんなの笑顔が広がるお手伝いが少し出来たかなって思いました。本当に小さなことだけど自分に出来ることがあるんだと思いました。

 

(なっちゃん)

 

 

・みんなで意見を出しあって作り上げれたことがよかった。ただ現地の人に楽しんでもらうだけでなく、自分たちも一緒に参加して交流できたのは、ゲームグループ以外にも言えることだけど、一番良いポイントだった。

心から人を楽しませたい、また自分も楽しみたいと初めて思えた機会でもあった。

こうした心の支援は絶対に欠かせないと思う。

 

りょうじ(まっきー)

 

 

・鹿妻クリスマス会でゲーム班は急遽予定を変更して チーム対抗戦の、連想ゲーム?と絵伝言ゲームをやりました。

 どちらのゲームもみなさんとても楽しそうにやっていて、またゲームによりチーム内外でたくさんのコミュニケーションや笑顔が生まれすごく嬉しかったです! そして、ゲームで一位になったチームから順番に景品の贈呈☆景品はお菓子詰め合わせ+ ICANさんから寄付していただいた、文房具やシールなどです。みんな夢中になってどれにしようか選んでいました^^

 

(みの)

 

Game

↑絵の伝言ゲーム

★ケーキ担当での感想

 

 

・ケーキ作りはすごい楽しかったし、それを通してみいとあーちゃんとも仲良くなれたことがうれしかった!

デコレーションで子供たちだけでなく、大人の方々もすごく楽しそうにやってくれていたことが何よりも嬉しかった。子どもの笑顔だけでなく、みんなの笑顔が見れて良かった!

 

(あす)

Cake
↑ケーキにトッピングちゅーう

 

■全体感想

 

 

今回の23陣で、8月の元気まつり以来約4か月振りに東松島を訪れました。

 

私はクリスマスのこの時期に、現地で活動がしたいとずっと思っていました。

毎年おそらく誰もが心待ちにし、楽しい時間を過ごすクリスマス。

東北の人にとっては、例年と環境も一緒に過ごす人も全く違うかもしれない

去年のクリスマスを思い出し、悲しい気持ちになるかもしれない。

だから、少しでも楽しい時間を過ごし、クリスマスの新しい思い出を重ねてもらえれば、という思いから、1日だけですが参加することにしました。

 

矢本で私達が行った活動はほとんどお手伝いという形でしたが、華やかなバルーンに囲まれ楽しそうにしている子どもたちの様子を見ることができ、少しでも協力できて良かったと思えました。

 

にぎやかで、とても素敵な会でした。地元の人や遠方から来た人たちが協力し合って一つの大きなイベントを作り、楽しむ。しかしこうした活動が出来ないでいる地域も多くあるのだと思います。鹿妻では、誘っても外に出たがらない人もいたと聞きました。また、初め人が集まらず、仮設にいる知り合いに声をかけにいってくれた方がいたと聞きました。

 

現地のコミュニティ、人どうしのつながりを作ることの大切さと難しさを改めて実感する

と同時に、それは思った以上に小さな、繊細な部分でつなぎとめられていくものなのかもしれないと感じました。

 

個人的には、支援活動から遠退いていた後悔や、他の活動との兼ね合いの難しさにもどかしい気持ちが残っています。しかし十分な時間をそれに費やせなかったとしても、想いを忘れずに、少しでも活動に関わっていきたいと思いました。

 

(がわ)

 

 

確かに、被災地では復興が進んでいる。前回行った時も、今回行った時も、そんな風に感じた。

がれきはどんどん撤去され、仮設住宅もでき。

物質的な復興は本当に進んでいると思う。

けど、本当の復興はきっとこれから。

なぜなら。自分は、マレーシアに行ったキャンプで一番大切にしてたこと。

 

それは、”人と人とのつながり”人は、一人で生きていくことなんてできない。

つながりの中に人は生きていると思う。

つながっているからこそ、人はみんな笑顔になれると思う。

そんなつながり。

 

今の被災地では、そんなつながりがバラバラになってしまっている。

このつながりが復活したとき。そのときがきっと、本当の復興を迎えるときじゃないかな?って自分は思う。

 

地元の人が、”本当につながりが減った。こういう風に、いろいろとお祭りとか企画してくれるのがうれしい”って言ってくれた。

それを聞いたとき、つながりがバラバラになってしまったという悲しみを感じたと同時に、なんかできることはないのかな?と思った。

 

きっとそれは、架け橋になること。つながりを元に戻す、新たなつながりを作る。

そのために架け橋になること。それなんじゃないかなって。

 

(あきら)

 

 

・企画の段階は参加できませんでしたが、初めてCFFの活動を1日を通して参加させてもらいました。

 

全員で18人という大人数でにぎやかな陣だったにも関わらず、準備に取り掛かるときなどはみんなで協力し合えるまとまった陣だったのかなと思います。

イベント終了後のシェアリングの時も一人一人が思ったことを素直に話し合い。いろいろな視点からの考えがシェアできたと思います。

 

私はCFFのシェアリングに参加するのは初めてで、どういうものか知り大変勉強になりました。

23陣でみんなが気づいたことを次の陣に伝え、より良い支援を行っていきましょう!

 

(きすさん)

Iitokunn
↑イートくんイーナちゃんと記念撮影!

23jinnshuugoushasinn
↑23陣集合写真

 

以上、23陣活動報告でした。

2011年の活動は23陣で最後です

2012年もこの思い、活動、つながりを大切にいきたいです。

(とめ)

2011年12月24日 (土)

〔東松島市駐在職員〕退任のご挨拶

わたしは今年6月から東松島市中央サポートセンター(~8月 東松島市災害ボランティアセンター)に駐在し、運営サポート・仮設住宅でのサロン活動(お茶会・お菓子作り・花植えなど)に携りながら、CFFのみんなと一緒に活動してきましたが、
今年いっぱいで、CFF東松島市復興支援活動担当職員を辞することになりました。

あらためて本人からご挨拶致しますが、
5月からボランティアセンターで一緒に活動していたきすちゃんに、後は託したいと思います。
彼は、宮城県大郷町というところの人で、今回の震災を機にボランティア、社会活動について初めて深く考え、そこに自分の力をそそいでいこうと決心し、行動してきた人です。

さてさて、来年からはどんな活動ができるのか。
CFFは東松島でこれからどんな出会い、気付きを得ていくのか。
これはこれはたのしみです。

しばらくは、東京事務局で現地のサポートや、ボランティア参加者のサポートをさせていただきます。よろしくお願いします。

東京でCFFのみんなや、宮城でなかなか会えなかった方々と会って、いろんな話をできるのがとーても楽しみ!です。

話したいことが、本当にたくさん!!

まだ終わってはいませんが、
ここまでCFFが東松島で無事、大きな事故もなく、
迷いながらも進んでこられたのは、現地で、または遠くから、いろいろなかたちで日頃支えてくださったみなさんのおかげです。

限られた時間の中、「いってみよう!」ってボランティアに参加したみなさん、
「何かできるかな?」って考え続けて、行動したみなさん、
そして時折東松島のこと、CFFの活動を思い出して祈ってくれたみなさん、応援してくれたみなさんのおかげです。

ありがとうございました。
そして、ここまでほんとうにおつかれさまでした。

東松島市で今年一年前進してきたみなさまが、

日本中の人々が、

そしてフィリピン、マレーシア、世界中の人々が

孤独ではなく、平和をこころに、あたたかいクリスマス、年越しをすごされますように。

NPO法人CFF 東松島市駐在職員 長友 由貴

2011年12月18日 (日)

21陣活動報告

まっちー(12pst)です。                                                                         報告、大変遅くなり申し訳ありません。                                                          上手く文章作れなくて、かなり長くなってしまいました。

 1127

「東松島市健康増進センター ゆぷと(矢本駅前)」にて行なわれた「復興祭」のお手伝いに参加させて頂きました。
「ゆぷと」は被災して入浴が困難な方やボランティアに無料で温泉を開放してくださっている施設で、cffも何回かお世話になっています。
今回は現地のゆきと2人で参加させて頂きました。プラスして、ゆきが東松島で知り合った大学生2人が参加しています。
8
302030までと長い時間ではありましたが、楽しく参加させていただきました。 ・_・

  内容としては、
ウルトラマンと写真撮影 、フラダンス、チアダンス、大道芸、音楽演奏、支援物資配布、フードコーナー、わなげ、ボーリング、ぷら版、クリスマスグッズ作り、アニメ上映会、バルーン配布、心や健康相談、などなど、いろんなことが行われていたようです。
(ポスターから抜粋させて頂きました。全く中身見ていません。ごめんなさい。)

8時ごろより準備開始。8:30ごろより参戦しました。
今回は「これをして。」と指示を出されることが少なかったので、自分で考えて、自分で声をかけて動く事が多かったです。皆さん慌ただしく動いており、誰に声を掛けようか悩んだので、やることありそうな支援物資の配布コーナーに混ざらせてもらいました(笑)。あったかそうな衣類を段ボールから出して、並べまくり。

時間はすぐに経ち、あっという間に開始時間の10時。ゆきは他の仕事のため、仮設住宅へ。
着いた大学生2人は、実際頼まれていた支援物資(紅茶やマスクや消毒液等々)のブースへ。
私はそのままの流れで、衣類配布のコーナーに。                                

「御一人様3枚です。」「半纏は一人一枚です。」「布団類は一人ひとつです。」
「できるだけ多くの方に配らせて頂きたいと思っています。」
3枚だけなの?」と言いながらも、皆さん約束を守っている。
でもやっぱり、たくさんもらって行く人も、時々いる。
「さすがにもらいすぎ・・・。」と思うこともある。でもそれを指摘することなんてできなかった。
必要なのも知っている。もう1度大きな声で、「御一人様3枚です。」と言うことしかできなかった。

私は男性物のコーナーにいた。
「身体が大きいから女性物は入らない。」そう言いながら、ジャンパーを探しに来たおばちゃん。いろいろ着てみるけど、「ちょっと小さいかしら~?」「大きすぎるわね。」と丁度いい大きさの服がない・・・。「明るい色がいいんだけど・・・。男ものでも女性ものっぽいものないかしらね~。」と言いながらも、気に入った感じのものはサイズが合わない。
「ちょっと待って下さい。」と声をかけて、山積みになっている箱の中から、気に入りそうな物を探す。いろいろと出してみるけど、なかなか合わない。サイズが合っても、「ん~ん・・・。」と、しっくりこない。私が探しているのを、根気強く待ってくれている。
「やっぱり明るい色はないかしらね~?これでいいかな・・・。ごめんなさいね。」
「・・・そうですよね。自分が気に入った物着たいですよね。」と返事をしながら、箱の中をひたすら探す。でもなかなかいいのが見つからない。泣きなくなった。
「気に入った物を着たい。」そんな当たり前のことが叶わない。
全ての箱を開けたけど、満足いくものはなく、「これでいいわ。変じゃないわよね。」と言いながら、着たのを見せてくる。結局黒系を持って行く。
「ほんとごめんなさい。」と思いながら、「大きさもいいですね。今女性でも黒系着る人多いですよね。」などと答える。
もう一人、長い間ここのブースを見ているおじさんがいる。
「あの人も、気に入った物が出てくるの待ってる・・・。」

「いい物出さなきゃ。」と思って、男性物・女性物の段ボ-ルを全て開けて、めぼしい物を全て出す。

次から次へと段ボールを開けて、並べて、少しでも多くの人が満足していってくれたら・・・・。

「もうないの~?」
こたつ布団などは人気で、昼ごろにはなくなる。
半纏も、人気だけど数が少ない。
すぐになくなる・・・。

体と同じくらいの大きさの布団を抱えながら、歩いているおじいちゃんおばあちゃん。
どうか車で来ているといいな、と願う。
被災されている人たちは、車なんか持ってるの?みんな手で抱えて持って帰るのかな?
本当に必要としている人たちに、渡っているのかな?
来たくても来れない人たちもいるよね?
いろんなことが、頭をよぎる。

昼食後は、人手の減った学生らのいるコーナーへ。3人でひたすら配る。たくさんの物を配っているけど、入れる袋はない・・・。みんな抱えて持って帰る。

学生らは大学で農家の復興支援をするサークルを作ったそうです。

の学生の所に、会場にボランティアで来ているおじさんが時々くる。
そうなると半ば私一人が動いている状態で、少しイライラしてきてしまう。
ブースには列ができている。たった少しの栄養ゼリーやマスクをもらうためだけに並んでいるのに、こんなに待たせていいのか?
おじさんが来ると、学生の息抜きになっているかもしれない。でも、それでいいのか?
単純作業として、たくさんの人を捌くことが大切なのか、被災地の方は会話を求めているのか?もちろん笑顔は大切。でも、スピーディーな作業も大切ではないか?
自問自答しながら、忙しすぎて笑顔喪失。

「疲れた。今何時だろう?もう3時くらい?」とふと時計を見ると、まだ30分ほどしか経っていない。
「なんかいっぱい働いた気がするけど、まだ30分しか経ってないよ。」と2人に声をかける。
「まだ130ですか?!」
ちょっと笑えてきた。
そして我に返る。「私、いらいらしに来たんじゃないないよな。」
気を取り直して、訪れた人たちに笑顔で「こんにちはー。」と声をかける。

正直、学生たち動き遅いな、効率悪いなと思ってしまった。
(もちろん2人ともがんばってます。。)
でも、福祉現場13年勤めている私と比べても、なんら意味もない。
「あーしたら。こーしたら。」と言いたくなったことの半分は飲み込む。
2
人がどんなことを思いながら今ここにいるのかわからないし、2人のキャパもわからなかったから・・・。    
              正直、運営スタッフも手際悪いな、と思ってしまった。 (私なんかただの手伝いのくせに・・・)
やることたくさんあるし人手がいないしで大変なのかもしれないけど、せっかくいるボランティアたちを、もっと上手く使わないともったいないと思ってしまう。指示を出す人がいない。
私は短気なんで、スロータイムは無理(苦笑)。
「あと一人手伝ってくださ~い。」「○○やりますか?」とすぐに声をかけてしまう。
それに自分で考えて、自分で動くことは楽しい。もちろん失敗も多々ありますが(苦笑・_・)。
でも、12時間も働いてみんな疲れきっていたと思うから、程ほどが大事だったんだとは思いますが。      
              テント解体や物品運びなど、力仕事が主だったから。 休息に頂いた「とんこつうどん」はおいしかったです>_<!!

最後にみんなで集まって、挨拶。
その頃にはボランティアの方々も帰って、15人足らずの人になっていただろうか?
スタッフの方々も、こんなに少ない人数で頑張っていたのかと思うと頭が下がる。
すごい。熱い。

一人ひとりの心の在り方は違うから、思いの行き違いはある。
いろんな思いが湧く。上手くいくことも上手くいかないことも、いろいろある。
生きてるってそういうこと。
今回、いろんなことを学ばせてもらった。
たいしたことできないけど、少しでも誰かの役に立てたらと思う。

ただの感想文になってしまいましたが、ここまで読んで下さりありがとうございました。                        私の文章、よく暗いと言われます(笑)。(読んで落ち込んでしまった方すみません。)                        ちまたでは、癒しの本が売れているそうです。日本中で、落ち込んでいてはいけません。                       無理せず動くことが大事なんだと思います。継続が大事。笑うこと、大事です。

ではまた東北で。

  余談
一泊させて頂き、次の日は、前回も訪れた石巻に行かせて頂きました。                         
当日は6時過ぎに松島海岸に着いたので、海岸に日の出を見に行きました。
海って、吸い込まれそうで怖い。夜の海ってすきです。
津波の被害を受けていないから言えるのかもしれませんが、やっぱり海はきれいだ。そして偉大だ。                  自然と共存している漁師とか農家の人とかってすごいなって思う。私も強くなりたい。
そして勝手な願いだけど、漁師や農家の人たちが、日本からいなくならないでほしい。
私も知ることからはじめる。

2011年12月 5日 (月)

20陣活動報告

報告遅くなりましたが、20陣の活動報告をします。
20陣では、1日目:被災地見学、お祭りの準備、鹿妻の方とのお食事会、2日目:お祭りの出展をしてきました。
参加者はどう(m7,pwc)、ゆき(pst)、すずか(mst5,8)、けんけん(pwc75)、いさみ(pwc72)、かおり(m12)です!!
<1日目>
まず、被災地の住宅地だったところや学校、津波があった海などを見て回りました。だいぶきれいになったという話しを聞いても、初めて訪問した私にとっては、衝撃でした。また、津波のあった海も見に行きました。普段見る海とは違って、音や色、津波の後の風景からか、怖さを感じました。花が備えられていたのも印象的でした。

それから、翌日のお祭りの買い出しや食事会の準備をしてから、いざ食事会会場へ!!メニューはカレーにゅうめんとバナナ春巻き。食事会には二人の鹿妻の方が参加して下さいました。手作りの御菓子など、いろいろ持ってきていただき、とても美味しくいただきました。今回は私を含め4人が初めての参加だったので、不安が大きかったのですが、お二方はとても暖かい方で色々なお話しを聞かせていただきました。実際に経験された津波の日のこと、避難生活、どこか遠い世界に感じていたことが、こんなにも身近な世界のことだったんだということに気づかされました。「津波があったのは良くないことだったけど、こうしてみんなと知り合うことができたのは津波があったからで、こうやって会うことができたのは良かった」と言っていただいて、凄く凄く嬉しく思いました。こうやってずっとCFFで被災地の方々と繋がっていけたらいいなと思い
ました。ただ、今回「2人しかいなくて申し訳ない」「~さんと全然会ってないな」「~さんはここまで来る足がないんだよね」などとおっしゃっていました。私たちとしては、2人だけでも来ていただいて嬉しいという思いがあったのですが、久しぶりに地元の方々と会えると楽しみにされていた気持ちをくむことができず、申し訳ないなぁと感じました。これから、食事会等をやる時には、仮設住宅やアパートに離れ離れになってしまった方々が久しぶりに会える場となるような工夫ができたらと思いました。

<2日目>
いよいよ、復興祭!!バナナ春巻きを販売しました。当日は地元の方々も高校生から社会人までたくさん手伝いに来ていただきました。当日の天気予報は雨だったのですが、みんなの願いが通じたのか、なんとか中盤までは天気が持ちました☆
午前中は中々売り上げが上がらなかったのですが、売り歩きをするなどの工夫の上、最後には完売しました!!地元の方々と一緒に楽しくできたのがよか
ったなと思いました。今回のお祭りのcffの出店にたくさんの地元の方々から手助けをいただき、本当に感謝しています。ありがとうございました。

では、20陣参加者の感想を紹介したいと思います。

どう
食事会で津波の話をされたときに、そのことをもっと深く質問していいのか?悩んだ。実際に被災された方から聞く話は、ニュースや新聞で得る情報よりも生々しく、心が痛んだ。
食事会を単発で終わらせるのではなく、CFFとして継続的に行いたいと思った。
また、海に対していまだかつてないほどの恐怖心を覚えた。

ゆき
今回、初めて被災地を訪れたのですが、被災した現場を見た感想は「テレビで見た風景と同じなのだけれど、感じるものは全然違う」ということでした。テレビに写る被災地を見る度に、かわいそうだな、大変そうだな、と心を痛めてはいたのですが、一方で自分は震災前とあまり変わりのない生活をしていたので、実感が湧かない部分が正直少しありました。ですが、実際に現場を訪れると、自分の地元によく似たごく普通の平穏な町が、津波によってめちゃくちゃにされてしまったことを目の当たりにし、心から津波の恐ろしさを痛感しました。特に、海からかなり離れている場所でも家が倒壊していたことなどは、想像以上でした。
今回、自分には被災者の方たちの為に役立てることはほんの少ししかできませんでしたが、東松島で感じたことを決して忘れず、これからも、復興のために自分にできることを少しずつでも実行していきたいと思います。

すずか
20陣として参加して
今回、私は5日だけに参加してお祭り準備、鹿妻の方とお食事会に参加しました。
今回感じたことを書こうと思います。

私は東松島に何度か訪れていて、今回は行こうか迷っていたのですが、東松島にいる人に会いに行くことって大切だよなと思いました。誰かの話で、東北の人が忘れられてる感じがすると言っていました。
それを聞いて、忘れてなんかいないってのを伝えたいとか思ったりして行こう!って思いました。
実際、お食事会でそんなことを感じてもらいたいなと思っていました。
お食事会は今回2人が来ていました。
私ははじめ2人でも一緒にお食事できるのがうれしいと思っていたのですが、来てくださった方は、「あら2人なの。悪いな。〇〇さんたちも来てるかと思ったんだけど…」と言っていて、そのとき、申し訳なかったなと気付きました。
何だか私はお食事会でcffの人が行くこととか大切って思っている部分があるんじゃないかと勝手に思ってしまってたけれど、きっと、鹿妻の人たちは、避難ところで一緒に暮らしていた人たちと久しぶりに会うことを一番の楽しみにしてたんだなと思いました。
それを今回、私自身、自分勝手に考えてしまったかなと思いました。一緒に食べれたことは楽しくできたし、よかったなと思ったけれど、cffがお食事会をひらく意味はやっぱり結びつける役割だなと感じました。被災地支援やろう!ってなったときの支援の在り方、現地の人中心に考えてサポート側にまわることが大切だと改めて感じました。
これから、それに意識して活動できたらと思います!
でも、今回の活動もすごく意味はあったなと感じてます♪
鹿妻のアパートに仮で暮らしている方は、どこに誰が住んでるのか分からないと言っていて、なかなかコミュニケーションが出来なくなっているんだと思いました。
そしたら、そこも繋げられるんではないかなと思いました。
現地の人たちが暮らす場所だから、現地の問題にもなるかもしれないけれど、何かつながるきっかけがつくれたらいいなと思いました。
東松島のお祭りにも、そういうきっかけづくりの意味があると思うから、そこに関わって行くのにも意味があると思いました!!
今回、お祭りには参加出来なくて残念だったけれど、次に機会が合えば参加していきたいと思います。
長くなってしまってすみません…
ありがとうございました。

けんけん
「今回はじめて被災地に行って感じたことは、8ヶ月以上経った今でもまだまだ私たちのことを必要としていること。東北の人たちはモノやお金の支援以上に私たちに会えること、私たちと一緒に笑顔になれることを楽しみしています。どうかみなさんの力でできることをやってみて下さい。そして皆さんの笑顔を東北の人たちに届けて下さい!」長くなってごめんなさい

これで活動報告を終わります。
今回感じたことをそれぞれ自分の周りの人に伝えるとともに、また、今回の反省などを次の回に活かせたらいいなぁと思います。

(m12)かおり

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2011年12月 4日 (日)

18陣活動報告

18陣 10/2210/23 は

東松島コミュニティーセンターで行われた、 

 

『子どもまつり』と『図書館まつり』のお手伝いをしてきました。

 

1日目の夜にはいつも足湯を行っている鹿妻のみなさまと、

足湯とプチお茶会をすることもできました。

 

ここからは、『子どもまつり』『足湯』『図書館まつり』『全体の感想』で

参加者からの感想などを載せていきます。

 

<参加者>たけし・てっちん・まっちー・ゆう・なおり・みの・福田さん・ちぃちゃん・かずくん・とめ

 

 

 

 

<子どもまつり>

 

■土曜日は、東松島市図書館前で行われた、がんばっぺ東松島みんなで子どもまつりに参加し、わたしたちは、富士見市のボランティア団体の「あそびの夢ひろげ隊!」という団体のお手伝いをしました。

 

 

この団体では、

 

 

 写真をとって缶バッチにする缶バッジづくり

 

 わたあめ

 

 絵を書いて自分だけのキーホルダーをつくるプラ板づくり

 

 こまやベーゴマで遊ぼう

 

 

 

といった4つの遊びなどを準備していて、CFFのメンバーが2人ずつくらいに分かれ、それぞれのお手伝いをしました。

 

わたしはこまやベーゴマのコーナーを担当したのですが、子どもたちにこまのやり方を教えるはずが、自分でこまを回すことが出来ず、子どもたちが来るまで必死にこまの練習をしました。

 

 

 

そんな風に必死に練習をしていると、いつの間にか 周りにはたくさんの子どもたちの姿が・・♪♪

 

 

 

どの子どもたちも元気いっぱいで、みんなでトーナメント方式でこま大会をしたり、こまの技を磨いたり、こまの勝負を挑まれたり(惨敗でした・・笑)、とっても楽しかったです!

 

 

 

 今回、わたしが初めて東松島市に行ってみたものは、元気な子どもたちの姿、それを見守るお母さんお父さんの姿、とても優しい図書館のスタッフさん方々、、

 

どれも テレビで見てきたような「被災地」の姿とは結びつきませんでした。

 

 

 

3月11日、この場所であの震災が起こったことが信じられないほどです。

 

 

 

しかし、話していると、確かに心のなかにその時の記憶や傷を抱えてらっしゃる方がそこにはいました。

 

 

 

震災から早半年以上たち、今からいくのは遅いと感じる方もいるかもしれません。しかし、もし気になっているなら、是非足を運んでみてください。

 

 

 

わたしが今、できることはなんなのか、正直わかりません。

 

今回、なにができたのかもわかりません、

 

 

 

しかし、みなさんとの繋がりができたことはわたしにとって大切なものとなりました。わたしにとって、東松島市は「被災地」という存在ではなくなりました。そして、そこに住む方々はただ「被災者」ではなくなりました。

 

 

 

「被災地」や「被災者」、そんな言葉でくくれるものではなく、出会った子どもたちやみなさんは大切な人で、そしてその大切な人が住む場所です。

 

 

 

そうやって世界のみんなと友達になれたら、世界は平和になると本気で思います。

 

 

 

暖かく迎えてくださった東松島市の皆様、ありがとうございました!

 

 

 

また行きたい、これからも繋がり続けていきたいと、強く思います。

 

(みの)

 

                             

Koma2


↑たくさんのちびっこが集まりました

 

 

■私は今回が初めての被災地ボランティアでしたので、

今まで見たり聞いたりしてきた情報から、

 

色々な想像を膨らませて参加しました。しかし朝到着すると私の想像とはちがい、

会場の図書館はとても綺麗な施設でした。

 

 

コミセン祭りで私は“わたあめ”担当としてお手伝いさせて頂だきました。

実は子供の頃から一度作ってみたいと思っていたので、夢が叶いちょっとウキウキしてしまいました。

 

 

しかし、思っていた以上にわたあめ作りにはコツが必要で、私がもたもた作っていると

すぐに長い行列ができちゃいました。

わたあめ作りは別の上手な担当の方々にお願いし、私は受け付けに徹することにしました。 わたあめ人気には嬉しくもびっくりでした!

 

並んでくれている一人一人にお声掛けさせて頂きました。

 

話かけると照れる子、自慢してくれる子、わたあめマシーンに夢中な子、

 

他のブースのゲームで獲得した賞品を見せてくれる子、

 

歳下の弟妹を世話している子、

 

お友達の分まで並んでいる子、、、

 

短い時間でのコニュニケーションでしたが、

それぞれ色んなお子さんが色んな反応を見せてくれました。

 

ただ、照れちゃうお子様とはあまり上手にコミュニケーションをとれなかったので、

私自身の今後の課題となりました。

 

イベント終了前に材料がなくなってしまい、余った時間は隣のブース“コマ回し”で子供たちと遊びました。

 

お恥ずかしくも私はコマを回せないので、最初は紐の巻き方だけ教えたりしてましたが、

最後の方はコマ回しが上手な子供たちに、回し方を教えてもらってました。

 

 

立場が完全に逆になっていましたが、それはそれでお子さん達のイキイキする姿も見れました。

 

 

教えてくれていた一人の男の子が、コマ回し大会で2回戦まで勝ち抜いたことを、

わざわざ私に報告してくれたときは、とってもうれしかったです!

 

 

ほとんど屋外のブースにいたので、屋内のブースにも行きたかったです。

 

 

 

イベント中は被災地ということを忘れるくらい、癒され私自身が本当に楽しんでいました!

しかし、一緒にいらっしゃる保護者の方からお話しを聞くと、

今回の震災で親やお友達を失ったお子さんもいらっしゃいました。

 

綺麗だと思っていた図書館の前の広場も、よく見ると地面が歪んでいる場所も点々と確認できました。

 

被害にあわれた方々の生の声は、今まで見てきた情報では得れない感覚を感じました。

厳しい現実と背合わせの中、渡したわたあめのお返しにもらった、お子さんからの笑顔と「ありがとう」に、つくづく感動し、感謝したイベントでした。

 

CFFのみなさんも、ボランティア初めての私に丁寧に優しく対応して頂いて、

本当に感謝しっぱなしの一日でした。ありがとうございました!

 

(ちぃちゃん)

Wataame

 

↑ちぃちゃんとかずくんが綿あめに挑戦!!

 

 

17陣に続き、また東松島にやってきました。

 

今回は、2日とも子供向けのイベントです。

 

前日からの雨が残っていたので、一部の催しは室内へ変更になりました。

 

 

 

たけしとなおりはプラ板作り、ゆうと自分は缶バッチを担当しました。

 

建物の奥まった場所だったので、出だしは寂しい状況でした。

 

しかし、午後になるとたくさんの子供たちが訪れ、それぞれ製作に打ち込みました。

 

 

 

実際にどの子が被災したか分からないけど、その光景は被災地にいることを忘れさせてくれました。

 

それを暖かく見守り、手助けするCFF メンバーが、とても生き生きとしていたのも嬉しかったです。

 

改めてCFF メンバーは、子供の接し方が上手だと感心しました。

 

 

 

泥だしや仮設住宅向けの支援も大切です。

 

しかし、子供たちの笑顔は大人の心も癒してくれます。

 

そして元気を与えてくれます。

 

このようなイベントには、今後も積極的に関わって欲しいと思いました。

 

(たかし)

 

 

 

 

<足湯>

 

■その日私は車でおばあちゃんを迎えに行きました。おばあちゃんたちに会うのは四回目でした。

 

8月以来の久しぶりの再会に、「ゆうちゃん、よく来てくれたね、ありがとう」

と言ってもらえて、とても嬉しかったです。

 

暑い日が続いていたので、久しぶりの足湯でした。おばあちゃんたちは、身体がとても疲れているようで、足湯もマッサージもとても喜んでくれました。

 

「仮設住宅にいると、やることがなにもない。」

 

「なにもないと身体は疲れるのよ」

 

とおっしゃっていました。

 

足湯とマッサージが少しでもおばあちゃんたちの身体の癒しになっていたら、嬉しいです。

 

 

その日私は、あるキッカケがあり、震災で亡くなったたくさんの人たちのことを改めてもう一度考えました。

 

 

 

 

 

19867人。

 

東日本大震災の死者数と行方不明者数です。

 

 

 

そのなかにたしかに一人ひとりの大切な命があります。

 

大切な人をなくし、今でも前に進めない人がたくさんいます。

 

 

 

 

 

そんな方たちに自分は、何もしてあげられないんじゃないか。

 

なにかしようとか、なにかしてあげたいというのは、なんだか身勝手なような気もする。

 

 

 

だけど、自分はほんの少しでいい。

 

そんな方のこころに寄り添えられたらいいなと思う。

 

 

 

そして、なにより、東松島のこと、震災のこと、ずっとずっと忘れずに、また何度でも足をはこびたいと思った。

 

(ゆう65.67

 

 

 

 

■鹿妻のコミュニティーではその日、子どもたちがとなりの部屋で近くの神社で行われるお祭りの太鼓の練習をしていました。

 

子どもたちはみんな身体の半分くらいある太鼓を抱きかかえ練習した踊りを

私たちに「見て見てー!!お祭りにも見に来てよー!」とかわいい笑顔で話しかけてくれました。

 

その後、集まっていただいたおばあちゃんとお話しをしながらゆっくり足湯をしました。

 

震災から約8ヵ月が経ちおばあちゃんはいろんな事を話して下さいました。お家のこと、家族や親せきのこと・・・

 

 

普段の生活をおくっているときに、ふっと思い出すことがあるそうです。

 

寂しさや悲しさ1人で過ごすことの不安・・

 

その思いを聞いて涙が溢れそうになりました。

 

 

 

 

こんな言葉は表せないけれど大変な思いをされた方々の心を

 

 

誰にでも大切な人はいます。

 

一番近くにいる人を大切に思うことで

 

お互いはとても幸せな気持ちになります。

 

 

その繋がりで遠くにいる人とでも繋がることができると思います。

 

 

わたしは鹿妻のおばあちゃんたちとそんな関係になりたいと思いました。

 

小さな繋がりを大きく強い絆にしていきたい。

そんなふうにおもいます。

 

(とめ)

 

 

 

Ochakai

↑おばあちゃんと一緒に

 

 

 

<図書館まつり・生け花>

 

■第14回目の図書館祭り、ということで、歴史ありますね。図書館の方はおそろいの素敵なオリジナルTシャツを着ており、皆さん気合いが入っているのが伺えました。

 

 

 

図書館祭りの「花を活けよう」のブースのお手伝いをさせて頂きました。

 

私たちの身近にある花ですが、触れ追う機会は少なく、また、その存在を忘れてしまうこともしばしばです。

 

そんな花について広めようと行なっているのが「花育」ブースを仕切っているキャラバン隊の方々。花はご寄付で頂いたものだそうです。

 

今回は、ペットボトルと牛乳パックで花瓶作って、花瓶に絵を描いて、花を活けて、メッセージボード作ったり。そんなことをしている子どもor親子のサポート。

 

 

 

沢山の花を豪快に使うことは、単純にとてもぜいたくなことで、心が解放され気持ちよかったです(笑)。キャラバン隊の方々を見て、輝いている☆とドキドキしました。

 

私たちにできることはたくさんあるし、また、頑張っている人たちはたくさんいる。

 

大人なら大人らしく。もっとかっこよく生きたいと思った。

 

そして、もう少し花の勉強をしていくべきだったと反省。

 

そうしたらもっと、子どもたちとの会話も弾ませられたのに・・・。

 

 

 

参加していた子どもも大人も、もちろん輝いていました。

 

意外と子どもたちは集中力があり驚きました。一つの花を指すのにも「どうしよう?」ととても悩んでいる子もおり(慣れていない事もあるとは思いますが)、お母さんと相談していたり、友だちのを見て考えていたり、もっとゆっくりと出来たらいいのに、と思いながら、順番待ちしている列(マンツーマンで行ったので、スタッフの手が空くのを待っています)を見て、少しでも楽しく早く終わらせなければ・・・、とも思い、時間の配分が難しいなと思いました。そして、花を貰えるのかと思って覗きに来たおばさんに、御断りの言葉を掛けるのは辛かったです。

 

 

 

 今回、震災にて被災された方されていない方、いろんな方が参加していたと思う。

 

形としての被害は無かったかもしれませんが、心の傷は、日本の皆が持っているのかもしれません。

 

悲しい気持ちも楽しい気持ちも、怒りも喜びも、いろんな気持ちを彷彿させてくれるのが祭り(イベント)で、気持ちを発散させてくれるのかなと思った。

 

少しでもみんなの心に、元気が湧いてくればいいなと思った。

 

そしてその力が、明日への糧になるのかなと思う。

 

少しでも誰かの力になれたらと願った。

 

(まっちー)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■東松島に行く前のMTGの時に、私は「何か話すときに気をつけることはありますか?」と現地に行ったことがあるメンバーに聞きました。

 

メンバーからは、特別扱いすることなく普通に接すれば良いということでした。震災以前から福島以北に行ったことが無かったので、不安な部分もはありましたが、自然体で飛び込むことにしました。

 

 

 

 

 18陣のメンバーは東松島市図書館のお祭りで、無料配布する本の搬出と、「花育」として、子ども達が牛乳パックを使った花瓶作りと好きな花を選んで生け花をするという活動のサポートをしました。

 

最初どのくらい人が来るかなぁと思いましたが、待っている子ども達がでる程盛況でした。思い思いに好きな花を選び、一生懸命に花瓶を作っている様子をみて、子どもたちが楽しんでいるように感じられました。私も子どもたちと話しながら、秋の空の下、どうやってきれいにできるかなと、純粋な気持ちで時間を共有できたことがうれしかったです。

 

 地震があったことは分かる場所は、鉄道が代行運転をしている区間や、地面と建物の境目などで見受けられましたが、人と人とのつながりは自然に楽しむという姿勢がやはり良いのだなと思いました。まだ表面的にしか分かっていない部分が多いですが、これからも東松島、東北に関わっていきたいと思います。

 

(てっちん)

 

 

Hanaiku

↑完成した生け花

 

 

 

<全体感想>

 

 

 

■東松島は630日に離れて以来、僕にとっては3ヶ月半ぶりの訪問でした。

町の中を走る電車、商店街もすっかりきれいになり、街にも日常があふれているようでした。

 

海沿いの町では家の取り壊しが進みサラ地が増え、少しさびしくもあり、でも少しずつ前に進んでいる様子が見えました。

 

 

お祭りで見えた子どもたちの笑顔は4月から変わらずにあって。心の中に抱えているものもあるかもしれないけれど、

子どもたちの素直な笑顔には未来の希望を感じさせてくれました。

実際お祭り中は子どもたちがたくさん来てくれて、運営にいっぱいっぱいだった部分もありましたが。

 

今回東松島に行って一番うれしかったことは再会した人たちの表情や雰囲気が6月に比べて見違えて明るくなったこと。

6月にはまだ避難所生活を送ったり、親戚の家を転々としていた人たちが仮設住宅に落ち着き、少しずつ生活が良くなったのか、

本当に笑顔も増えて明るくなっていて、僕にとってはとても幸せなことでした。

 

これから東松島市ではおそらく大きなところへの大きな支援よりも、小さなくても一人一人に寄り添った小さな支援の方がより価値の

あるものになっていくように感じました。だからこそ、これからも東松島でできた「つながり」をなによりも大切にしていきたいです。

 

(いしいたけし)

 

 

 

 

 

■私は今回、初めてCFFの活動に参加しました。

前回参加されている福田さんと同じ職場の者で、

お話を聞き、ご一緒させていただきました。

 

私自身、ボランティアの経験が多いわけでもなく、

また今回CFFの方々と一緒に活動することも初めてということで、

少々の不安を抱いての参加になりました。

 

 

まず1日目は、東松島市図書館前で行われた子ども秋まつりの出し物のお手伝いをしました。

さまざまな出し物を通して、子どもたちと交流するもので、

私は綿あめを担当し、たくさんの子どもたちと触れ合うことができました。

 

その後、CFFメンバーが以前から「足湯」にて交流のあった現地の方々との

再会の場が設けられていました。

 

足湯とは、震災後に水が十分に無く、お風呂に入れなかった方々に

少しでも温まってもらおうと、小さなバケツにお湯を張り、

足を暖め、マッサージをしながらコミュニケーションをとったという

CFFの活動でした。

 

 

2日目は、東松島市図書館まつりに花育(いけばな)を通して子どもたちに花を届ける、

という内容で参加された高倉さんたちの活動のお手伝いをしました。

具体的な活動としては、子供たちと一緒にペットボトルと牛乳パックをつかって花生けを作成し、

子どもたち自信で花を選んでもらい、メッセージを添え、大切な人に贈る、といったものです。

 

2日という短い期間の活動でしたが、さまざまな形で

たくさんの人と交流できました。

 

綿あめを手渡したときにニコッと「ありがとう」と言ってくれた男の子。

足湯のときに「足が暖まると良く寝れたのよ」と言ってくれたおばあさん。

一緒に活け花を作ったあとに「いつもご飯作ってくれるおばあちゃんにあげる」と言った女の子。

 

私の想像が及ばないであろう体験をされている人たちの

笑顔やお礼の言葉、感謝の気持ちなどに触れて

逆にこちらが元気をもらってしまいました。

瓦礫の片付いたところもあるかもしれません。

水道、電気も通ったかもしれません。

でも、今回の交流を通して

まだ必要な事はたくさんある、と実感させられました。

現地の方々との交流の大切さを知ることができ、

是非また参加したいと思いました。

 

(かずくん)

 

 

Photo

 

↑第18陣集合写真

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