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2011年7月 1日 (金)

東松島市の状況

 CFFが活動を続けてきた東松島市、隣町の石巻市や壊滅的なダメージを受けた南三陸町に比べ宮城県の中ではフォーカスされることの少ない東松島市ですが、以下にまとめた通り、今回の震災/津波により多大の被害を受けています。

■被災状況

●死者:1,038

●行方不明者:149

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●全壊:2,133

●半壊:4,160

*前回半壊合わせると市内全戸数の1/3以上に及ぶ

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●避難所数:47箇所

●避難者数:1,967

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■それぞれの被災

そして被害はこういった数値だけでは表せない多くの被害が震災を経験したひとりひとりの人生に刻みこまれています。

かつてない大震災により町を襲った大津波。地震の直後学校の体育館に肩を寄せ合っていた人たちがいました。そこは当然津波が来るような地区ではなくハザードマップでも指定避難所とされていて、宮城県が過去経験した震災でも津波が来たことのない地区でした。

 多くの人たちが避難するなか津波がその学校の体育館を津波が襲いました。水圧によりドアが閉ざされ、扉を開け逃げ出すこともできず、それでも水はどこからともなく体育館に入り込んでいき、みるみるうちに体育館は水でいっぱいになり、激しく渦を巻きはじめ、たくさんの人たちを飲み込んでいったそうです。

 それぞれの家庭でも逃げられなかった人、逃げ遅れた人、逃げなかった人、逃げ切ったたちが津波の被害に合いました。

 家もろとも流されてしまった人、1階にいて家は持ちこたえたものの天井まで襲い掛かる津波のなか必死にもがき生き延びた人、生き延びれなかった人、2階でなんとか津波をやり過ごした後1m以上浸水する町の中、水をかき分け、浮かぶたくさんの遺体をかき分け子どもを抱えて避難所まで歩いた人、車で逃げたがために身動きが取れなくなりそのまま津波にのまれた人、電車の中にいて電車ごと波にのまれた人。

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■復興に向かって

ただこういった多大な被害を受けた中、少しずつですが東松島市は復興に向かっています。現在までに東松島市災害ボランティアセンターではCFFの長期ボランティアを含む多くのボランティア運営スタッフに支えられ、平日は300人以上、最も多い土曜日は800人以上ものボランティアさんに来てもらっています。

3ヶ月が過ぎそのおかげで個人宅での片付けはどんどん進み、市民の方からの依頼も少しずつ減ってきました。最初は家の中の泥かきや、冷蔵庫、テレビ、タンス、畳の運びだしなどが多くありましたが、現在は泥をかき出した後の家の中の清掃作業や床下の泥だしなど仕上げの様な作業が多くなってきました。作業が進んでいる証です。

さらに市が出した計画では避難所にいるほとんどの人が仮設住宅に移り、7月中には1600世帯が仮設住宅への移転を完了させ、すべての避難所が閉まる計画です。

これからの支援活動はいままでのように現地に来られる人をどんどん被災地に送り込んで、マンパワーで解決していく方向から。仮設住宅での生活支援を中心に細く長い支援が必要になっていきそうです。

こう聞くと復興が近いように聞こえますが、現状ではボランティアで対応できる範囲の片付けが減ってきただけで、畑などに残る大きな瓦礫や、全壊した家々、壊れた船、これらは重機を使ってやる作業が残り、町並みはまだ震災の傷跡が見えています。

瓦礫が片付いた町が色づくまでは何年もかかるでしょう。仮設住宅での生活はおそらく何年も続きます。できる限り、CFFが東松島市に、そしてここに生きる人たちに少しでも長い間寄り添っていければと思っています。


■□■□■□CFFでは活動支援金を集めています■□■□■□■□■

少しでも早く本当の意味での「復興」に東松島市が近づいていけるよう、

そのためにCFFが地元の人たちと共に歩み続けられるよう

ご協力お願いいたします。詳細はコチラまで

 

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