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2011年5月1日 - 2011年5月7日

2011年5月 7日 (土)

第2陣 活動報告 その2

遅くなりました。第2陣の活動報告第二弾です。

第2陣が行った主な活動については、すずかの「第2陣 活動報告 その1」を読んでもらえればわかると思いますので、俺はそれに付け足す感じで書かせてもらいます。

―4月29日―
午前に伺ったお婆さんのお宅は海岸からそう遠くはなく、周りの家々では倉庫がひっくり返ったり、庭の壁が崩れていたりと、津波の被害が至る所に見受けられた。窓や壁に残っていた“痕”から、津波は約1.7mの高さまで押し寄せ来たことがわかる。津波が来たときお婆さんは家にひとり、窓の外は水で覆われ身動きが取れずそのまま家の中で過ごしていたそう。幸いにも家の扉が防音仕様で頑丈だったためか、浸水は免れたのだと言っていた。

このお宅は周りの家々が防壁となったのか、津波による被害は生垣に纏わりついた藁と倉庫のヘドロ被害くらいで、言い方は悪いがまだ軽い方だった。

午後に伺ったお宅では家が直接の被害にあったのではなく、倉庫にしていたコンテナや鳥小屋が津波の被害に遭い、他のお宅の敷地に流れ込んでしまって迷惑になっているというケースだ。倉庫や鳥小屋の解体作業、瓦礫の撤去作業は2時間では終わらず、中途半端な感じで終わってしまい、制限時間のもどかしさを感じた。


午後の活動終了後、ボランティアセンターへ戻るとたけしからセンターの仕事の手伝いを頼まれ、それぞれがいくつかの仕事を任された。俺が頼まれたのは、明日伺うお宅への確認の電話。確認の内容は時間と作業内容。電話をかける度に受話器の向こう側では、頭を下げているのが想像できるほどに、腰が低く「ありがとう」を何度も何度も繰り返し言う人がほとんどだった。

その「ありがとう」の言葉に、自分はどんな言葉で応えればいいのだろうとずっと考えてたが、今も答えが出ないままだ。


―4月30日―
午前の作業は、震災後まだ何も手を付けていないお宅のヘドロの撤去作業を行った。庭は乾いたヘドロと藁で覆われ、家の中は2か月近い時間が過ぎたのにも関わらず、水気をしっかりと含んだヘドロで溢れてた。へドロの撤去作業だけに2時間を割いても尚、まだヘドロは残っている。ここでも「ありがとう」の言葉を何度も言われた。


午後に向かったお宅は、第2陣のボランティア活動の中でも一番被害が凄まじかった地域にあった。本当に道を作るためだけに避けられた瓦礫、崩壊した家々、学校の校庭に何十台と並べられた大破した自動車。自衛隊がまだ作業に入ったばかりということで、そんな悲惨な状況が目の前に広がってた。

ここでの作業内容は、ひとまず家の外に出した家具などをさらに道路まで出すというもの。量も重さもかなりあり、一番の力仕事だった。家具が家の外に出してあったので、以前にもボランティアが入っていると思っていたが、話を聞いてみるとボランティアが来たのは今回が初めてのことで、家具などは娘さんの友人の力を借りて自分たちで運び出したとのこと。ボランティアの数が足りていないために、順番待ちを余儀なくされている人たちが大勢いる。ここのお宅もその中の一つだった。

一日目のお婆さんも言っていたが、物資やお金も大切ではあるけど今一番必要なのは“人”だということがよくわかった。


この日は作業終了後に石巻市の日和山へ向かった。石巻の悲惨さを見ておくために。
日和山へ着き、階段を上り下を見下ろすと、そこは本当に焼け野原のようだった。テレビでよく耳にしていた「戦後の焼け野原のようだ」の意味がこのときようやく理解できた。実際に焼け野原を見たことがあるわけだはない。でもその表現が一番しっくりくる、そう感じる光景だった。
日が落ちると、光はほとんどなく、不気味なほどに静かな空気がけが流れていた。今はこんなにも静かな場所が、震災直後は悲鳴と津波が家々を破壊する音とで溢れ、それをこの日和山から眺めるしかできなかった人たちを思うと、本当に言葉が出なかった。


―5月1日―
第2陣活動最終日。
偶然にも、一日目の午後に中途半端で終わってしまった場所へ行くことになった。現場に向かってみると、となりのお宅が作業を進めていたらしく、たった一日の間に景色ががらりと変わっていた。依頼者の奥さんと協力し合い、なんとか区切りの良い状態までもっていくことができた。

今回の第2陣のボランティアで俺が常に心がけていたことは、できるだけコミュニケーションをとること。初めの頃は、どんな言葉をかけるべきなのか、どんな話をすればいいのかわからなかった。ましてや、話してる暇があるなら一刻も早く作業を進めてくれと思われるんじゃないだろうかという心配があった。でも、瓦礫の撤去や泥だしだけが、ボランティアの活動じゃないと作業をしていくうえで思えるようになった。

お婆さんとは水泳の話をした。気のせいかもしれないけど、その話をしている時のお婆さんは活き活きしていた。
コンテナが流されてしまった奥さんとは音楽の話をした。ビッグバンドをやっているらしく、ギターを担当しているという話が聞けた。今の悩みや困ってること、そういった抱えてるものも少しだけど吐き出せてもらえたような気がした。

一番酷かった地域のお宅の娘さんや奥さんとも出来るだけ話をした。娘さんは保育士さんで、学生時代に実習で作った物が瓦礫からでてくる度に、懐かしそうにそのときのエピソードを話してくれた。奥さんとはお子さんとの思い出話をした。その時に奥さんがふと仏壇の引き出しにお子さんの“へその緒”が入っていることを思い出し、歪んだ引き出しをバールで壊して、“へその緒”が入った箱が出て来たときは、胸が熱くなった。


もくもくとスピード重視で作業することも大切かもしれない。そうして欲しいと願っている人はきっと大勢いる。でも、その場でのコミュニケーションも大切だと俺は思う。こんな言い方は不謹慎かもしれない。でも、震災のお陰で出逢えた人がたくさんいる。気が付いたものがたくさんある。俺は、ボランティアの作業一つとってもそこでの出会い一つ一つを大切にしたいと思った。

行って作業をするだけのボランティアではなく、そこでの人との繋がりを大切にするボランティアがしたい。
だから、定期的にボランティアへ行こうと思ってる。それは繋がりを大切にしたいのもあるけど、一度あの惨状をこの目で見て、被災者の人たちと関わりを持った自分への使命感みたいなものが強い。


とにかく大切なのは活動の“持続”。そして出来ることなら長期での活動。
学生が多いCFFの今後の課題はボランティアを向かわせる日程の調整だなと、改めて思った。
                                                                 M13 ともひろ

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2011年5月 4日 (水)

第2陣 活動報告 その1

こんにちは♪

第2陣に参加した、すずか(mst5)です!

とっても遅くなってしまってごめんなさい。2陣でどういうことをしてきたのかまだ詳しく流してなかったので個人的になのですが報告します。全体でもまとめてまた報告できると思いますが!shine


活動日:4月29日~5月1日

1日目は、仙台駅からみんなで合流して東松島市ボランティアセンターに向かいました。ボランティアセンターが提供していた活動は、ボランティアをしてほしいと依頼してきたところに行って活動していくというやり方で午前、午後にわけてそれぞれ2時間ずつ作業していくという感じでした。
午前中からすぐ泥だし作業が始まったのですが、やっぱりGWということでいつもより人が多くいたようでした。ボランティアセンターの中はかなり大変そうでそういうところの長期ボランティアも必要なんだなと感じました。

午前中は、あるお宅の家の外にある倉庫のなかの使い物にならなくなってしまったものを取り出していく作業と、垣根についた(津波によって流れてついた)乾いた土やわらを取り除く作業をしました。
垣根についていた土などは乾いていたけれど、こびりついていてなかなか大変な作業でした。


午後はまた違う場所で、畑からの泥だしと、小屋の解体作業、流されてしまったコンテナの中から机を取り出す作業などをやりました。私は主に泥だしをやったのですが、力作業で大変なことだからこそ、家族だけではなかなか進まない作業で、ボランティアであったり多くの人の力が必要だなと思いました。


2日目は、また午前中から作業をするために、行ったお宅は、まだほとんど手がかかってない様子で(今まで仙台で避難所生活で仕事やっていたため帰って来れなかったらしく)、家の庭にも、中にも津波に流されてきたへドロがそのままの状態でした。それをどんどん取り除いていく作業をやっていきました。
もう約2ヵ月がたとうとしている頃なのにこのような状態の場所がまだあることに驚き、やっぱりいろんな事情があって作業の進み方も違うなと感じました。なのでこれからも制限なく人の力と人数が必要なんだと思います。


午後は、今まで私たちが行ったなかで一番被害のひどい地域でした。依頼してきたお宅自体が壊れていたわけではないのですが、山のふもとにあるところだったので、津波としてきたいろんながれきが山でつまり、家の周りが、誰のものか分からないものでいっぱいになっているという状態でした。車や家の壁、生活用品、アルバムなど様々なものがそこにはおちていました。
本当に全て片付いていくのはいつ頃になるのだろうという感じでした。
私たちがいる間、そこの家の人は、少しでも早く片付けていかなければと、とても気を張って頑張っているようにみえました。本当に、被災地にいて休まず動いている方々の体が心配です。

3日目は、午前中だけの作業でしたが、1日目の午後に行ったお宅での作業となり、泥だしの続き、鳥小屋の解体などをしていきました。また前回、コンテナから取り出した机を置きっぱなしだったのでそれを家へ持って行くための手伝いなどをしました。


今回は、このような泥だしなどが主だったのですが、支援のやり方って本当にいろいろあると思います!!

インターナショナルスクールの人たちが避難所の前で炊き出しをしていました。図書館の人は子ども達に元気になってもらうため子ども広場というイベントに力を入れてました。

本当に、いろんな人がいろんな方法で活動していました!

まだまだ、いろんな方面からの力が必要で、例えば、泥だしであったり、足湯を提供することも絵本の読み聞かせであっても、どんな活動も今、必要なことだから、被災地で頑張ってる人たちが、求めていることがある限り、支援し続けていかなければと思います。

本当、みなさんと一緒にこれから頑張っていきたいです!


すごく、長くなってしまってごめんなさいcrying
最後まで読んでくれてありがとうございました。

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活動中!!

___1_400

ニーズ(市民の方からの依頼)とボランティアのマッチング作業中です。
ニーズには作業内容…畳あげ、家財の運びだし、屋内の泥かきなどなどの作業がいまのところ多くあがっています。
さらにそこに男性何名、女性何名希望などのことが書いてあって、来たボランティアの方とニーズをマッチさせます。
マッチが完了すればボランティアさん送り出しです!

他にもローラー作戦という地区、丸々100人以上の体制でお片付けしちゃう部隊の人たちが各家々を回って力を必要としてるところを足で回り一軒一軒作業を終了させていってます。

そしてきのうは1000人以上のボランティアを受け入れ、多くの家で作業することができました!!

これもいままで地元の人たちや、高知県、熊本県の方たちがボランティアセンターをつないできた成果です!本当、なんというかなにもない0から…いやむしろ被災して立ち上がるところからはじめてここまで来てる。人間の底力はすごい!みんな前向きだし☆

ボランティアのみなさんありがとうございました!連休明けも是非!!

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こっちでは鈴木さぁやが受付を担当。

CFFが大活躍中!

泥かきとか避難所での活動をするボランティア以外にもこうして運営サポートをするボランティアがすっごく大事なんです!

こういう人がいないとボランティアの方が来ても、作業はできません。

運営は基盤、基盤は未来の糧です。

CFF 石井丈士

■□■□■□CFFでは東日本大震災支援金募金を集めています。■□■□■□■□■□

例え細くても線の長い活動を続けていけるよう。地元の人たちと共に歩み続けられるようご協力お願いいたします。

詳細はコチラまで

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

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2011年5月 1日 (日)

災害ボランティアセンターに仲間入り

宮城利府町でひとりぼっちのたけしです。

先週木曜日より東松島市災害VC(ボランティアセンター)の運営のお手伝いとして宮城に入らせてもらいました。

災害VCのみなさん暖かく受け入れていただきありがとうございます。

これからしばらくここの災害VCを活動拠点にして、活動を少しずつ広げていきたいと思っています。

この災害VCに入りながら一方でCFFとしてやっていきたいことは主に3つ

1、運営サポート
多くの災害VCがたぶんそうなんですが、一番足りてなくて一番欲しいのは災害VCの運営サポートボランティアなんじゃないかと、それを運営に携わりながらひしひしと個人的に感じています。

現在の災害VCの主な活動は
直接災害VCに来ていただいた市民の方、もしくは電話によって、あがってくる家の片づけとか泥だしとかのニーズ対応です。ニーズが来てそれに対してボランティアを派遣するんですね。

ただその件数も膨大で現在述べ1500件を超えています。さらにボランティアさんも1日に300人以上来ていて、それをうまくボランティア先に振り分けてコーディネーションしていかないといけないんです。それだけで1日のほとんどがつぶれます。

ただたくさんの市民の方からのニーズがあるのに対して、ボランティアがたっくさん来てくれることはうれしい悲鳴です。

明日からはCFFからボランティアが一人10日間災害VC運営の方に入ってくれます。

2、CFFのボランティアコーディネーション
災害VCに入りつつ、CFFからもボランティアの受け入れをします。
その中でなるべくCFFの人たちがしっかりとボランティアに入って行けるようコーディネーションをします。
まずは泥だしなどすでに災害VCで基盤ができていて入りやすいところで確かにニーズがあるところに入って行きます。

そして、さらに「子どもたちのケア」や「お年寄りのケア」など現在進んでいるCFFの活動もコーディネーションを進めボランティアによる活動として広げていきます。

ちなみに!

5月5日には東松島市で実施される子ども広場というイベントに参加予定です☆

そして、上記の2つに加えこれは個人的な意見ですが

3、市内での活動の拡大
現在はなかなか手の届いていない炊き出し、子どもたちの心のケア、お年寄りの生活サポート、避難所…などなどとにかく市民の生活や心を復興させる活動を広げることです。

NPO/NGOをはじめたくさんの団体が様々な活動をしています。もちろんCFFもそのひとつ。

ただニーズをひろいあげるところから初めて、コーディネーションを進めて活動をしてくれる団体はなかなかいません。だから、そこでニーズと活動のマッチングをできたらと考えています。

ただ現実問題いまはゴールデンウィークでかなりがっつりボランティアの方に来ていただいていて、そことニーズのマッチングでいっぱいいっぱいになっている状態です。。。

それでもそこだけにとどまらないように必要とされている部分で力になりつつも、CFFとしても前に進んでいければと思っています。

ちなみにいま僕が生活の拠点としてるのは利府町のグランディというところ野球場とかコンサート会場とかあってこっちだと結構有名みたいです。有名アーティストのコンサートとか良くここでやってたみたいで…でもいまはそのコンサートやってた会場が津波で被害に合われたかたたちの遺体安置所になってるそうです。

喜びや幸せ、笑顔に包まれる場所がいまは悲しみに包まれる場所となってしまったと思うとなんとも言えないし、この震災が与えた被害というのは本当にどこまでも哀しくも広がっていることがわかります。

僕がいま拠点としてるのは同じ敷地内にある合宿所。隣接はしていないし、敷地が広いのでどこにあるか良くわからないですが、近くにあると思う とお悔みの気持ちというがそんな思いが強まったり…少し怖い思いもありますが、いまは拠点がここしかないのでここでがんばろうと思っています。

ちなみに1泊2000円です。1泊なら安いですけど、1ヶ月いるとなると6万円なんでちょっと考えものですね。まだ1ヶ月いるかはわかりませんが、また良いところがあれば移りたいですね。

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