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2011年12月18日 - 2011年12月24日

2011年12月24日 (土)

〔東松島市駐在職員〕退任のご挨拶

わたしは今年6月から東松島市中央サポートセンター(~8月 東松島市災害ボランティアセンター)に駐在し、運営サポート・仮設住宅でのサロン活動(お茶会・お菓子作り・花植えなど)に携りながら、CFFのみんなと一緒に活動してきましたが、
今年いっぱいで、CFF東松島市復興支援活動担当職員を辞することになりました。

あらためて本人からご挨拶致しますが、
5月からボランティアセンターで一緒に活動していたきすちゃんに、後は託したいと思います。
彼は、宮城県大郷町というところの人で、今回の震災を機にボランティア、社会活動について初めて深く考え、そこに自分の力をそそいでいこうと決心し、行動してきた人です。

さてさて、来年からはどんな活動ができるのか。
CFFは東松島でこれからどんな出会い、気付きを得ていくのか。
これはこれはたのしみです。

しばらくは、東京事務局で現地のサポートや、ボランティア参加者のサポートをさせていただきます。よろしくお願いします。

東京でCFFのみんなや、宮城でなかなか会えなかった方々と会って、いろんな話をできるのがとーても楽しみ!です。

話したいことが、本当にたくさん!!

まだ終わってはいませんが、
ここまでCFFが東松島で無事、大きな事故もなく、
迷いながらも進んでこられたのは、現地で、または遠くから、いろいろなかたちで日頃支えてくださったみなさんのおかげです。

限られた時間の中、「いってみよう!」ってボランティアに参加したみなさん、
「何かできるかな?」って考え続けて、行動したみなさん、
そして時折東松島のこと、CFFの活動を思い出して祈ってくれたみなさん、応援してくれたみなさんのおかげです。

ありがとうございました。
そして、ここまでほんとうにおつかれさまでした。

東松島市で今年一年前進してきたみなさまが、

日本中の人々が、

そしてフィリピン、マレーシア、世界中の人々が

孤独ではなく、平和をこころに、あたたかいクリスマス、年越しをすごされますように。

NPO法人CFF 東松島市駐在職員 長友 由貴

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2011年12月18日 (日)

21陣活動報告

まっちー(12pst)です。                          報告、大変遅くなり申し訳ありません。                      上手く文章作れなくて、かなり長くなってしまいました。

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「東松島市健康増進センター ゆぷと(矢本駅前)」にて行なわれた「復興祭」のお手伝いに参加させて頂きました。

「ゆぷと」は被災して入浴が困難な方やボランティアに無料で温泉を開放してくださっている施設で、cffも何回かお世話になっています。

今回は現地のゆきと2人で参加させて頂きました。プラスして、ゆきが東松島で知り合った大学生2人が参加しています。

8302030までと長い時間ではありましたが、楽しく参加させていただきました。 ・_・

  内容としては、

ウルトラマンと写真撮影 、フラダンス、チアダンス、大道芸、音楽演奏、支援物資配布、フードコーナー、わなげ、ボーリング、ぷら版、クリスマスグッズ作り、アニメ上映会、バルーン配布、心や健康相談、などなど、いろんなことが行われていたようです。
(ポスターから抜粋させて頂きました。全く中身見ていません。ごめんなさい。)

8時ごろより準備開始。8:30ごろより参戦しました。
今 回は「これをして。」と指示を出されることが少なかったので、自分で考えて、自分で声をかけて動く事が多かったです。皆さん慌ただしく動いており、誰に声 を掛けようか悩んだので、やることありそうな支援物資の配布コーナーに混ざらせてもらいました(笑)。あったかそうな衣類を段ボールから出して、並べまく り。

時間はすぐに経ち、あっという間に開始時間の10時。ゆきは他の仕事のため、仮設住宅へ。
着いた大学生2人は、実際頼まれていた支援物資(紅茶やマスクや消毒液等々)のブースへ。
私はそのままの流れで、衣類配布のコーナーに。                                

「御一人様3枚です。」「半纏は一人一枚です。」「布団類は一人ひとつです。」
「できるだけ多くの方に配らせて頂きたいと思っています。」
3枚だけなの?」と言いながらも、皆さん約束を守っている。
でもやっぱり、たくさんもらって行く人も、時々いる。
「さすがにもらいすぎ・・・。」と思うこともある。でもそれを指摘することなんてできなかった。
必要なのも知っている。もう1度大きな声で、「御一人様3枚です。」と言うことしかできなかった。

私は男性物のコーナーにいた。
「身 体が大きいから女性物は入らない。」そう言いながら、ジャンパーを探しに来たおばちゃん。いろいろ着てみるけど、「ちょっと小さいかしら~?」「大きすぎ るわね。」と丁度いい大きさの服がない・・・。「明るい色がいいんだけど・・・。男ものでも女性ものっぽいものないかしらね~。」と言いながらも、気に 入った感じのものはサイズが合わない。
「ちょっと待って下さい。」と声をかけて、山積みになっている箱の中から、気に入りそうな物を探す。いろいろと出してみるけど、なかなか合わない。サイズが合っても、「ん~ん・・・。」と、しっくりこない。私が探しているのを、根気強く待ってくれている。
「やっぱり明るい色はないかしらね~?これでいいかな・・・。ごめんなさいね。」
「・・・そうですよね。自分が気に入った物着たいですよね。」と返事をしながら、箱の中をひたすら探す。でもなかなかいいのが見つからない。泣きなくなった。
「気に入った物を着たい。」そんな当たり前のことが叶わない。
全ての箱を開けたけど、満足いくものはなく、「これでいいわ。変じゃないわよね。」と言いながら、着たのを見せてくる。結局黒系を持って行く。
「ほんとごめんなさい。」と思いながら、「大きさもいいですね。今女性でも黒系着る人多いですよね。」などと答える。
もう一人、長い間ここのブースを見ているおじさんがいる。
「あの人も、気に入った物が出てくるの待ってる・・・。」

「いい物出さなきゃ。」と思って、男性物・女性物の段ボ-ルを全て開けて、めぼしい物を全て出す。

次から次へと段ボールを開けて、並べて、少しでも多くの人が満足していってくれたら・・・・。

「もうないの~?」
こたつ布団などは人気で、昼ごろにはなくなる。
半纏も、人気だけど数が少ない。
すぐになくなる・・・。

体と同じくらいの大きさの布団を抱えながら、歩いているおじいちゃんおばあちゃん。
どうか車で来ているといいな、と願う。
被災されている人たちは、車なんか持ってるの?みんな手で抱えて持って帰るのかな?
本当に必要としている人たちに、渡っているのかな?
来たくても来れない人たちもいるよね?
いろんなことが、頭をよぎる。

昼食後は、人手の減った学生らのいるコーナーへ。3人でひたすら配る。たくさんの物を配っているけど、入れる袋はない・・・。みんな抱えて持って帰る。

学生らは大学で農家の復興支援をするサークルを作ったそうです。

その学生の所に、会場にボランティアで来ているおじさんが時々くる。
そうなると半ば私一人が動いている状態で、少しイライラしてきてしまう。
ブースには列ができている。たった少しの栄養ゼリーやマスクをもらうためだけに並んでいるのに、こんなに待たせていいのか?
おじさんが来ると、学生の息抜きになっているかもしれない。でも、それでいいのか?
単純作業として、たくさんの人を捌くことが大切なのか、被災地の方は会話を求めているのか?もちろん笑顔は大切。でも、スピーディーな作業も大切ではないか?
自問自答しながら、忙しすぎて笑顔喪失。

「疲れた。今何時だろう?もう3時くらい?」とふと時計を見ると、まだ30分ほどしか経っていない。
「なんかいっぱい働いた気がするけど、まだ30分しか経ってないよ。」と2人に声をかける。
「まだ130ですか?!」
ちょっと笑えてきた。
そして我に返る。「私、いらいらしに来たんじゃないないよな。」
気を取り直して、訪れた人たちに笑顔で「こんにちはー。」と声をかける。

正直、学生たち動き遅いな、効率悪いなと思ってしまった。
(もちろん2人ともがんばってます。。)
でも、福祉現場13年勤めている私と比べても、なんら意味もない。
「あーしたら。こーしたら。」と言いたくなったことの半分は飲み込む。
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人がどんなことを思いながら今ここにいるのかわからないし、2人のキャパもわからなかったから・・・。                  正直、運営スタッフも手際悪いな、と思ってしまった。 (私なんかただの手伝いのくせに・・・)
やることたくさんあるし人手がいないしで大変なのかもしれないけど、せっかくいるボランティアたちを、もっと上手く使わないともったいないと思ってしまう。指示を出す人がいない。
私は短気なんで、スロータイムは無理(苦笑)。
「あと一人手伝ってくださ~い。」「
○○やりますか?」とすぐに声をかけてしまう。
それに自分で考えて、自分で動くことは楽しい。もちろん失敗も多々ありますが(苦笑・_・)。
でも、12時間も働いてみんな疲れきっていたと思うから、程ほどが大事だったんだとは思いますが。                    テント解体や物品運びなど、力仕事が主だったから。 休息に頂いた「とんこつうどん」はおいしかったです>_<!!

最後にみんなで集まって、挨拶。
その頃にはボランティアの方々も帰って、15人足らずの人になっていただろうか?
スタッフの方々も、こんなに少ない人数で頑張っていたのかと思うと頭が下がる。
すごい。熱い。

一人ひとりの心の在り方は違うから、思いの行き違いはある。
いろんな思いが湧く。上手くいくことも上手くいかないことも、いろいろある。
生きてるってそういうこと。
今回、いろんなことを学ばせてもらった。
たいしたことできないけど、少しでも誰かの役に立てたらと思う。

ただの感想文になってしまいましたが、ここまで読んで下さりありがとうございました。                        私の文章、よく暗いと言われます(笑)。(読んで落ち込んでしまった方すみません。)                       ちまたでは、癒しの本が売れているそうです。日本中で、落ち込んでいてはいけません。                   無理せず動くことが大事なんだと思います。継続が大事。笑うこと、大事です。

ではまた東北で。

  余談
一泊させて頂き、次の日は、前回も訪れた石巻に行かせて頂きました。                         
当日は6時過ぎに松島海岸に着いたので、海岸に日の出を見に行きました。
海って、吸い込まれそうで怖い。夜の海ってすきです。
津波の被害を受けていないから言えるのかもしれませんが、やっぱり海はきれいだ。そして偉大だ。           自然と共存している漁師とか農家の人とかってすごいなって思う。私も強くなりたい。
そして勝手な願いだけど、漁師や農家の人たちが、日本からいなくならないでほしい。
私も知ることからはじめる。

 

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