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2012年1月1日 - 2012年1月7日

2012年1月 1日 (日)

23陣活動報告

23陣(12/10)~12/11

 

メンバーは最多数!!19人でした。

あみ(mst5/l6)・まっきー(m0/1)・あす(m15)・ちーちゃん(75)・なっちゃん(pst22)・あきら(m13/l17)・りょうじ(m17)・福田さん・ちえちゃん・さっちゃん・みの(hc5)・みぃ(72/m17)・あーちゃん(m4/m17)・ゆか(79)・がわ(64)・ゆーじ(m17)・ゆき・きすさん・とめ(60/66/hc6/m15

 

 

今回わたしたち23陣は今回、『矢本運動場公園の仮設住宅』と『鹿妻』(いつも足湯でお世話になっている)の2ヵ所でクリスマス会を行いました。

 

クリスマス会の前に大曲地区の自治会長さんから311日当時のお話を聞かせていただきました。

涙ながらに話して下さった会長さんの言葉、思いを私たちは周囲の人たちに伝えなければいけません。

 

 

■会長さんのお話をきいて、みんなが感じたこと・思ったこと

 

 

・私は3月に宮城で被災し、5月下旬~現在まで東松島市ボランティアセンター(現生活復興支援センター)で運営スタッフとして活動してきました。

 

私 は自宅が山沿いのほうで津波の被害はなく、4月中旬くらいには会社も復旧し、ほぼいまでで通りの生活に戻っていました。その中ではじめたボランティア活動 の中で、被災地域を目にしたり、被災された方の話を聞くという機会は何度かありましたが、実際に被災された方が説明してくれながら被災地域をめぐるという ことは初めてでした。

 

会長さんが涙ながらに話してくださって、いままでは「被災地域」というくくりでしか見れていなかった自分に気づき、被災された家一軒一軒に人が住み、それぞれの生活があったことを感じることができました。

 

あらためて、復興の意味を考えなおすことができるきっかけになったと思います。

 

(きすさん)

 

 

・ 津波による大きな被害を受けた大曲を訪れ、自治会長さんのお話をうかがいました。

 

一 緒に逃げていた兄の手を離れ、流されてしまった男の子の話。車で逃げようとする人々のために、逃げずに働き続けた、ガソリンスタンドを経営する家族の話。 日本で働き続けるのをあきらめ、無念の思いで帰国した、フィリピンの若者の話。今はもう住むことのできない、かつてのご自宅の前で、会長さんは涙ながらに いろいろなお話をしてくださいました。

 

 私 たちにとっての「被災地」や「被災者」は、彼にとって、「住み慣れた自分の街」「一緒に暮らしていたご近所さん」以外の何物でもありません。震災からしば らくの間は、新聞を読むこともできないくらい、思い出すことがつらかったそうです。会長さんの涙から、あの日のことを思い出すことがどれほど苦しいこと か、伝わってきました。

 

  そんな苦しみに向き合ってまで、私たちに伝えてくださった会長さんの想いを、むだにしてはならないと強く感じました。さいごにおっしゃった、「伝えてほし い」という一言が印象的でした。私たちにできることがあると思います。確かに、震災によって多くの大切なものが失われました。もう二度と戻っては来ませ ん。ですが、今、人も建物も流されて何もなくなったあの地を見ても、本当に「何もなくなった」とは思えません。亡くなった人々が、そこで生きていたという こと。彼らと過ごした時間を糧に、今もそこで生きている人がいること。すべてがつながって、そして、一歩一歩復興に向かっている、東松島の姿があります。 会長さんをはじめ、これまでのCFFの復興支援活動を通して出会った方々が、伝えてくださったことです。これからは私も、伝えていきたいです

 

(あみ)

 

 

・今、関東で生活してる自分は、本当に幸せなんだって、改めて思いました。

日々、嫌な事があったり、辛くて、泣いたり、怒ったりするけど、そんな自分を支えてくれる、大事な家族、友達、恋人が身近に居ること。自然災害なんて、いつ来るかわからない。会長さんが、『人生の分かれ道って何処なんでしょうね?』ておっしゃっていましたよね…。

だからこそ、今身近に居る大事な人と、精一杯向き合って、今の生活の幸せを噛み締めて、生きていきたいと思いました。

 

そして、これからも、辛い思いをしている人達の力になれるような、余裕をもった人間になりたいなって思いました。

 

(さっちゃん)

 

 

・今回初めて被災地に行って、今更どうなんだろうとか、自分にできることがあるのかとか、色んな思いがあったけど、会長さんの話を聞いて、震災の記憶が薄れることはないし、今更とかそういうことはないんだって思った。

 

いま被災地に行ったことの意味は、会長さんのように自分の辛い経験を伝えてほしいと言う人のためにあったんじゃないかなあ、と思った。震災直後のボランティアとは形は違うけど、被災地の人のためにこの思いを伝えて行きたいと思います。

 

(あす)

 

 

・自治会長さんの涙ぐみながらも真っすぐな目で話す姿がとても印象に残っています。

思い出の詰まった家の壊れた姿を目の前にして話すということは、本当に辛いことだと思うのにお話してくださって、私たちは震災を忘れてはいけないと強く思いました。

まだ復興は終わっていなくて、そのことを忘れてはいけないということを周りの人に伝えられたらと思います。

 

(なっちゃん)

 

 

・ 信じられないような悲惨な話を直に聞いてなんとも言えない気持ち。目の前で人が死んでいくとゆう現実を小さな子供たちも直面していることに胸を痛めた。今 も放射能といった二次災害に苦しむ人々のことを考えると、私たちは何ができるのか?と考えさせられると同時に無力さを実感した。それでも長期的な視点で自 分に出来ることを少しずつでも実行していきたいと思った。

 

(りょうじ)

 

 

・会長さんが、御家族や御親戚も含めて、あまりにも身近な人が目の前で亡くなりたくさんの訃報を聞いたと、涙ながらにお話されていたのが非常に印象深く忘れられません。

 

自分達がいくら被災地の方々の気持ちになろうとしても、到底出来ないことだと感じました。

 

しかし、それほどの深い傷を負っていない僕達だからこそ、支援に行ったり交流を重ねていくことが重要なのだと思います。

そうした意味で息の長い支援をしていきたいです。

 

(ゆーじ)

 

 

・今回私たちは、大曲地区の自治会長さんのお話を伺う機会を頂き、

大曲地区の被害の様子を見ながら 3月11日当日のこと、小学校でおこった悲劇、自治会長さんの近所の方のお話、また自らのお話など、たくさんのエピソードを伺いました。

 

 会長さんは、今までのことを色々と思い出しながら、辛い想いをして、心を痛めて話をしてくれました。涙を流して、東京からきた初対面のわたしたちに 痛みをわけてくれました。

 

 お話を伺ってから見る被害の様子は、単なるがれきの山や崩れた家ではなく、一人一人の人生や痛みとして目に映りました。

 

 最後に自治会長さんが、「この話を、こういう現実があったことを、どうか 伝えてほしい。忘れないでほしい。」とおっしゃっていたように、わたしたちにはこの話を受け止め 次につなげていく責任があります。

 

 伝えたいという想いに感謝すると共に、涙を流しながら分けてくれたつらい痛みや思いをしっかりと受け止め、復興の力に変えていきたいと思います。

 

(みの)

 

 

・まずは、涙ながらに辛い経験を話して下さった会長さんに感謝したいです。

 

震災から9ヶ月経って、だんだん過去のことになってしまってきている中で、今でも涙なしでは語れないくらいの深い悲しみを背負いながら、毎日を生きている方々がたくさんいるんだなと改めて思いました。

今まで、被災された方の生の話をこんなに身近でじっくり聞く機会がなかったので、会長さんの話は、すごく心に響きました。

 

そして3月11日の震災のことを忘れてはいけないと思いました。たくさんの人が亡くなったあの日、周りの知り合いや親戚、家族を一日にして失ってしまう辛さは計り知れないと思います。

 

今当たり前だと思っている生活は何ひとつ当たり前ではなくて、大切にしていかなければいけないと思いました。

 

私はこれからも、少しでも被災された方の力になりたいと思ったのと同時に、少しでも関わっていきたいと思いました。それはほんの小さな力にしかならないかもしれません。でも、この出会いを何かしらの形で繋げていきたいと思いました。

 

23陣でのさまざまな出会いに感謝したいと思います。

 

(ゆか)

 

 

■矢本運動場公園 仮設住宅のクリスマス会

 

 

★矢本の様子

私たちは東松島市にある矢本運動場仮設住宅、東集会所にて行われるクリスマス会に参加しました。

時間は14時~16時半で、クリスマス会でのお茶出しを担当しました。種類は3種類でマレーシアの紅茶(サバティー)とコーヒー、焙じ茶を約400杯分配布しました。

 

クリスマス会は最初、黙祷から始まり、バンドの演奏や、ビデオレター、子ども向けのショ-などが行われました。

 

クリスマス会には、仮設住宅の住民の方々が子どもからお年寄りまで参加していて、参加者は席に座り、ステージの出し物を見て、ウエイトレス係りのスタッフが食べ物や飲み物を届けるという形でした。ウエイトレスの方々は主婦の方やサンタの格好をした高校生がいました。

このクリスマス会は地元の自治会長さんを中心に地元の方々の力によって行われたもので、仮設住宅に住んでいる沢山の方が楽しみにしていた会であり、大勢の方々が参加していました。

 

クリスマス会には他のボランティア団体も参加していて、風船の配布や焼きそば、タコ焼き、甘酒等の配布も行っていました。

会場は、沢山の風船とたくさんの人で、とても賑やかでした。

 

★活動の感想

・震災から9ヶ月経ち、少しずつ辛い経験を乗り越え、東松島の方々が未来に向かって前を向いて生きていこうとしている姿から思いや力強さを感じました。その思いに私も何か力になりたいと改めて思いました。

お茶だしは、地域の方々との関わりが少ない活動でしたが、それでも美味しいと言ってくれたり、温かいと言って笑顔になってくれたりする姿に心が温かくなりました。

楽しいクリスマス会の思い出の一部としてこの活動が少しでも何か力になることができていたらいいなと思いました。

 

 

(ゆか)

hoto

会場は盛り上がってます!!

 

■鹿妻クリスマス会

 

★鹿妻の様子

いつもは夜に足湯をしながらお話をする、ゆったりとした時間を過ごすのですが今回は

クリスマス会ということでプログラムを組み2時から会をスタートさせました。

 

最初は人が集まらず、となりセンター棟に1軒1軒訪ねて回りました。

徐々に住民の方たちが参加してくださりクリスマス会が盛り上がっていきました。

 

私たちが用意したプログラムは、

 

ゲーム

キャンドル作り

ケーキ作り

 

サプライズで東松島のマスコットキャラクターの

イートくん、イーナちゃんの登場

 

それぞれとても盛り上がり良いクリスマス会にできました!!

 

ご近所の方々とも久しぶりにお話ができたと喜んでいただいたので、私たちもとても満足です。こういった会を定期的に開催できたら・・と思います。

 

 

★キャンドル担当での感想

 

 

・私は23陣が2回目のCFFさんの活動への参加でした。

 

前回は、企画等を考えることなく、現地にて与えられた仕事をするものでした。

今回は鹿妻でのCFFさん主催のクリスマス会の中で、

キャンドル担当として、”どのようにやるか?” からの参加でした。

大塚での会議には参加できず、最初は「どうするのかな?」と思いながら、

積極的に参加しなくてはいけないとわかりつつも、

会議に参加した方からの反応を待ち、私自身は受け身の体制になってしまいました。

 

そしてその結果、時間が迫ってから慌てて考える感じになってしまいました。

キャンドルはロウを使わず、サラダ油で作る案に固まってきてからは、

各自試作品を作ったり、お互いに意見を出し合えて、

当日は企画の順番が変わった中でも、何とか協力しながら形にすることができました!

 

 

鹿妻の皆さんが最初は戸惑いながらも、

お子さんだけでなく大人の方々も、色んな色のキャンドルを沢山作ってくださって嬉しかったです!

「次は何色にしようかな~?」とか、「これとこれにする!!」など、

夢中でキャンドルを作る子供たちの姿を見れて、また笑顔を頂けて、安心し癒されました。

私の想像より集まった人数は少なかったのですが、その分おひとりおひとりとお話しでき、

また、お一人あたり何種類か作って頂けてよかったです。キャンドルが固まったときの、

「わ~~!きれい!!」という歓声は、私自身ウキウキしました!

持って帰られたキャンドルが、皆さんの生活のなかで、

少しでも何かの明かりなっていたら嬉しいです。

 

今回は自分たちで考え、企画を形にできたのには充実感を感じました。

それと同時に、反省点も沢山出てきて、勉強になりました。

今回は紙コップにて、丸いキャンドルしかできなかったですが、

前日の夜まで、色んな形にしてみよう等、他に良い案が出ていましたが、

詳細を詰まられず断念した案もありました。

 

次は、被災地の皆さんがより多くの笑顔になって頂けるように、

時間を有効に使って積極的にボランティアに参加したいと思っています。

 

(ちえちゃん)

 

 

・キャンドル作り自体は、参加者の皆さんが喜んで楽しそうに作ってくれていたので、大成功だったと感じています。

でも、自分個人としては、任されたリーダーの仕事を全うできず、他のメンバーに頼ってしまうことが多かったので改めていきたいです。

 

(ゆーじ)

 

 

・事前に各自試作品を作ってみたので、作り方のコツや、注意点がよくわかって良かったと思います。一つ言うならば、必需品を書き出しておいたら、良かったのかな…と思いました。(テンプルの量がギリギリでしたので)

 

担当以外の皆さんも、協力してくださったからこそ、スムーズに出来たと思います。

皆さん、あたたかい人で、安心して参加出来ました。

 

(さっちゃん)

yanndoru

出来上がったキャンドル

 

★ゲーム担当での感想

 

 

・最初は、うまくいくかとか盛り上がるかなとか心配もありました。

でも始めてみると、みんな楽しんでくれて、とても嬉しかったです。

ちょっとしたことだけど、みんなの笑顔が広がるお手伝いが少し出来たかなって思いました。本当に小さなことだけど自分に出来ることがあるんだと思いました。

 

(なっちゃん)

 

 

・みんなで意見を出しあって作り上げれたことがよかった。ただ現地の人に楽しんでもらうだけでなく、自分たちも一緒に参加して交流できたのは、ゲームグループ以外にも言えることだけど、一番良いポイントだった。

心から人を楽しませたい、また自分も楽しみたいと初めて思えた機会でもあった。

こうした心の支援は絶対に欠かせないと思う。

 

りょうじ(まっきー)

 

 

・鹿妻クリスマス会でゲーム班は急遽予定を変更して チーム対抗戦の、連想ゲーム?と絵伝言ゲームをやりました。

 どちらのゲームもみなさんとても楽しそうにやっていて、またゲームによりチーム内外でたくさんのコミュニケーションや笑顔が生まれすごく嬉しかったです! そして、ゲームで一位になったチームから順番に景品の贈呈☆景品はお菓子詰め合わせ+ ICANさんから寄付していただいた、文房具やシールなどです。みんな夢中になってどれにしようか選んでいました^^

 

(みの)

 

ame

絵の伝言ゲーム

★ケーキ担当での感想

 

 

・ケーキ作りはすごい楽しかったし、それを通してみいとあーちゃんとも仲良くなれたことがうれしかった!

デコレーションで子供たちだけでなく、大人の方々もすごく楽しそうにやってくれていたことが何よりも嬉しかった。子どもの笑顔だけでなく、みんなの笑顔が見れて良かった!

 

(あす)

ake
ケーキにトッピングちゅーう

 

■全体感想

 

 

今回の23陣で、8月の元気まつり以来約4か月振りに東松島を訪れました。

 

私はクリスマスのこの時期に、現地で活動がしたいとずっと思っていました。

毎年おそらく誰もが心待ちにし、楽しい時間を過ごすクリスマス。

東北の人にとっては、例年と環境も一緒に過ごす人も全く違うかもしれない

去年のクリスマスを思い出し、悲しい気持ちになるかもしれない。

だから、少しでも楽しい時間を過ごし、クリスマスの新しい思い出を重ねてもらえれば、という思いから、1日だけですが参加することにしました。

 

矢本で私達が行った活動はほとんどお手伝いという形でしたが、華やかなバルーンに囲まれ楽しそうにしている子どもたちの様子を見ることができ、少しでも協力できて良かったと思えました。

 

に ぎやかで、とても素敵な会でした。地元の人や遠方から来た人たちが協力し合って一つの大きなイベントを作り、楽しむ。しかしこうした活動が出来ないでいる 地域も多くあるのだと思います。鹿妻では、誘っても外に出たがらない人もいたと聞きました。また、初め人が集まらず、仮設にいる知り合いに声をかけにいっ てくれた方がいたと聞きました。

 

現地のコミュニティ、人どうしのつながりを作ることの大切さと難しさを改めて実感する

と同時に、それは思った以上に小さな、繊細な部分でつなぎとめられていくものなのかもしれないと感じました。

 

個人的には、支援活動から遠退いていた後悔や、他の活動との兼ね合いの難しさにもどかしい気持ちが残っています。しかし十分な時間をそれに費やせなかったとしても、想いを忘れずに、少しでも活動に関わっていきたいと思いました。

 

(がわ)

 

 

確かに、被災地では復興が進んでいる。前回行った時も、今回行った時も、そんな風に感じた。

がれきはどんどん撤去され、仮設住宅もでき。

物質的な復興は本当に進んでいると思う。

けど、本当の復興はきっとこれから。

なぜなら。自分は、マレーシアに行ったキャンプで一番大切にしてたこと。

 

それは、”人と人とのつながり”人は、一人で生きていくことなんてできない。

つながりの中に人は生きていると思う。

つながっているからこそ、人はみんな笑顔になれると思う。

そんなつながり。

 

今の被災地では、そんなつながりがバラバラになってしまっている。

このつながりが復活したとき。そのときがきっと、本当の復興を迎えるときじゃないかな?って自分は思う。

 

地元の人が、”本当につながりが減った。こういう風に、いろいろとお祭りとか企画してくれるのがうれしい”って言ってくれた。

それを聞いたとき、つながりがバラバラになってしまったという悲しみを感じたと同時に、なんかできることはないのかな?と思った。

 

きっとそれは、架け橋になること。つながりを元に戻す、新たなつながりを作る。

そのために架け橋になること。それなんじゃないかなって。

 

(あきら)

 

 

・企画の段階は参加できませんでしたが、初めてCFFの活動を1日を通して参加させてもらいました。

 

全員で18人という大人数でにぎやかな陣だったにも関わらず、準備に取り掛かるときなどはみんなで協力し合えるまとまった陣だったのかなと思います。

イベント終了後のシェアリングの時も一人一人が思ったことを素直に話し合い。いろいろな視点からの考えがシェアできたと思います。

 

私はCFFのシェアリングに参加するのは初めてで、どういうものか知り大変勉強になりました。

23陣でみんなが気づいたことを次の陣に伝え、より良い支援を行っていきましょう!

 

(きすさん)

itokunn
イートくんイーナちゃんと記念撮影!

3jinnshuugoushasinn
23陣集合写真

 

以上、23陣活動報告でした。

2011年の活動は23陣で最後です

2012年もこの思い、活動、つながりを大切にいきたいです。

(とめ)

 

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